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AHRQのエフェドラ報告書について


報告書作成の背景
2004年2月6日、米国FDAエフェドリンアルカロイドを含む栄養補助食品の販売を禁止する最終規則を公布した。
(発表内容は以下
http://www.fda.gov/oc/initiatives/ephedra/february2004/


天然エフェドラを含む栄養補助食品は、1994年に制定された栄養補助食品健康教育法(DSHEA)で規制されており、販売禁止のためにはFDA がそのリスクを立証する義務がある。
栄養補助食品健康教育法(DSHEA)の下でFDAが栄養補助食品に対し規制措置を講じることができる条件としては、製品が重大なリスク(significant risk)を有する、不当なリスク(unreasonable risk)を有する、差し迫った危険(imminent hazard)がある、製造基準(GMP)に適合していない、根拠のない構造・機能強調表示をしている、などがある。今回FDAエフェドリンアルカロイド含有栄養補助食品の販売を禁止した最終規則は、上記の条件のうち「不当なリスク」基準を適用している。FDAの結論では、エフェドリンアルカロイド含有栄養補助食品は心臓発作、脳卒中、死亡など重篤な有害事象のリスクがあり、このリスクは当該製品を使用した時の利益を考えても不当である(unreasonable)としている。
この判断の根拠の一つとなったのがAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality)によるエフェドラ報告書「エフェドラ及びエフェドリンによる体重減少及び運動能力増強:臨床有効性と副作用Ephedra and Ephedrine for Weight Loss and Athletic Performance Enhancement: Clinical Efficacy and Side Effect」である。
実際の報告書作成者は南カリフォルニアEvidence-Based Practice センターRANDに所属する研究者である。
報告書本文は以下のサイトなどからダウンロードできる。
http://www.fda.gov/ohrms/dockets/98fr/95n-0304-bkg0003-ref-07-01-index.htmhttp://www.fda.gov/OHRMS/DOCKETS/98fr/95n-0304-bkg0003-ref-07-01-index.htm

この報告書の作成手順について紹介する。


報告書の目的と結論
この報告書の目的としては大きく二つ、すなわちハーブのエフェドラを含むダイエタリーサプリメント又はエフェドリンによる体重減少効果及び運動能力増強に関する文献を精査して有効性を評価すること(有効性評価)、及び臨床試験での有害事象報告や症例報告、FDAサプリメント製造会社であるメタボライフにある報告から安全性を評価すること(安全性評価)である。
最終的には以下のような結論が導かれている。
エフェドリンエフェドリン+カフェイン、エフェドラ含有ダイエタリーサプリメントは短期間では弱い体重減少作用を示すが、長期的効果は不明である。運動能力に対してはカフェインと同時に単回投与で弱い効果があるが一般的なヒトに効果があるかは不明である。一方エフェドリンとカフェインは消化管・精神・自律神経系症状のリスク増加と関連する。中には若年層での死亡や心筋梗塞などのような重大なものもある。しかしエフェドラ摂取とこうした有害事象の関連を確実なものにするには症例対照研究が必要である。

報告書の作成手順


1.専門家グループの招集
まずエビデンスレポートの作成に当たり、この問題の専門家(心臓電気生理学、運動、ハーブ、肥満、ヒト栄養、生薬、薬理学、毒性学)グループを招集した。計10人の専門家にNIHのODS(ダイエタリーサプリメント研究所)のPaul Coates博士を加えて会合を行い、報告書の方針について話し合いを行った。その結果、有効性、注目すべき事項、有害事象評価の際に考慮すべき事項、有害性評価に必要な情報などの技術的議論を行った。この専門家グループの助言に基づいて実際の論文検索以降はRANDのスタッフ及び依頼された人々が行っている。



2. 文献検索・情報収集
文献検索に利用したデータベースは、
・Medline
・EmBase
・BIOSIS
・Allied & Complementary Medicine Database (AMED)
・MANTIS
・Cochrane Controlled Clinical Trials Register Database
・International Pharmaceutical Abstracts
Pascal
・SciSearch
の9種類である。
さらに関係雑誌に手紙を送って未発表の研究を入手したり、研究者同士の情報から文書を手に入れたりしている。
また有害事象報告についてはFDAからもハーブのエフェドラに関して1,000件以上、エフェドリンに関して125件以上の報告を入手した。エフェドラ含有サプリメント製造・販売会社の最大手であるメタボライフから入手したファイルは18,502件であった。



3.情報の分類
検索の結果リストアップされた文献は550報で、そのうち入手できなかった20報を除く530報を対照にスクリーニング調査を行った。スクリーニングのためにYes/Noで分類できる文献チェックシートを作成し、その文献のカテゴリー(使っている薬物はエフェドラなのかエフェドリンなのか、効果は体重減少なのか運動能力なのか、研究デザインは、言語は、等)を分類し、一次選別を行う。選別基準は、体重減少に関しては有効性評価に用いたのは8週間以上のヒトでの対照研究のみ、運動能力増強効果についてはヒトでの対照研究でフォローアップ期間は限定しない、というのが主要項目である。この段階で、530報のうち400報がふるい落とされた。
有害事象報告については臨床試験研究とは別の分類とチェックシートを用いて調査している。文献データ中の症例報告が65件、臨床試験のなかで言及されている有害事象、FDAの報告書及びメタボライフのファイルについてそれぞれ専門委員会の指定した項目をチェックする。FDAの有害事象報告は当初の数は1783件であったが、重複や他の原因が考えられる、情報が不適切などの理由で除外していき、最終的には338件が解析に用いられている。メタボライフのファイルについては15951件のファイル中の18502件について解析に用いた(一つのファイルに複数事例が記録されているため、除外ファイル329件があっても例数では増える)。これについてはエフェドラサプリメントの摂取によると消費者が申告してきた有害事象であるため、採用率が非常に高い。



4. 詳細調査
分類に応じてさらに詳細項目チェックリストを用いて内容を分類する。この際にも詳細調査用の有効性に関するチェックリストと有害事象に関するチェックリストを用いる。こうしたチェック項目については専門家委員会が助言を行ったものであるが、実際に文献を読んでいるのはRANDのスタッフではなく、依頼された医師などである。例えば同じ臨床試験の論文チェックを独立した二人の医師に別々に依頼し、その結果が一致していればそのまま採用し、一致していなければその違いについてさらに経験のある別の医師に評価を依頼している。
詳細調査対象として無作為化試験の文献として採用されたのは52の試験に関するものであった。同じ試験を複数の文献で発表していることがあるため文献の数の方が多い。
有害事象については、1)エフェドラの摂取後24時間以内、 2)エフェドリン又はその代謝物が血中や尿中に検出されたケース、3)他の要因が除外できることが明らかなものを探し、その全ての条件に合致するものをsentinel events、前半二つに合致するものをpossible sentinel eventsと分類した。メタボライフのファイルは、全部については詳細調査は行っていない。


5. 解析
運動能力については8試験が行われてはいたが、試験例数の少なさや評価項目の多様さからメタ解析が不可能であると判断されたために解析は行わず、内容についてまとめた。体重減少については44試験について詳細調査の結果メタ解析に用いたのは20試験である。
体重減少効果について、メタ解析の対照とした文献についてはRANDのスタッフによるメタ解析が行われている。20試験の内容について、
a.エフェドリンプラセボの比較
b.エフェドリン+カフェインとプラセボの比較
c.エフェドリン+カフェインとエフェドリン単独の比較
d.エフェドリンとその他の体重減少薬との比較
e.エフェドラとプラセボの比較
f.エフェドラ+カフェイン含有ハーブとプラセボの比較
の6種類のカテゴリーに分類し、それぞれの効果を検討している。
Aについてはエフェドリンにはプラセボに比較して一ヶ月あたり1.3ポンド(1ポンド453gで換算して約589g、以下同様に換算)の体重減少効果有り、bについてはエフェドリン+カフェインではプラセボに比較して1ヶ月あたり2.2ポンド(997g)の減少効果、cについてはカフェインによりエフェドリン単独に比べて1ヶ月あたり0.8ポンド(362g)の体重減少効果、dについては有意差無し、eについては1報あるのみでプラセボより1ヶ月あたり1.8ポンド(815g)減少したというもの、fについてはエフェドラ+カフェイン含有ハーブが1ヶ月あたり2.1ポンド(951g)の体重減少効果がみられたとしている。総じてエフェドラ又はエフェドリンとカフェインでは僅かな体重減少効果があったとしている。但し6ヶ月以上に渡る試験は一つもなかった。
この体重減少の意味を解釈するために、体重減少薬として認可されているシブトラミンやオリスタットでは6-12ヶ月以上に渡ってプラセボより6-10ポンド(2.7〜4.5kg)の減少、フェンテルミンでは9ヶ月時点で16ポンド(7.2kg)の減少が報告されていることを引用している。
運動能力改善効果については限られた研究しかなく、効果は確認できないとしている。
安全性については、対照化試験についてはプールした有害事象発生件数を対照群と比べてオッズ比を算出している。そこからエフェドラ含有サプリメントにより吐き気・嘔吐・不安などの心理的症状・自律神経過敏・動悸等のリスクが2〜3倍になるという十分な証拠が得られた。対照化試験の人数が少数なため、1000人に1人の確率でおこるようなリスクを評価することはできない。
症例報告については死亡・心筋梗塞(心臓発作)・脳血管障害(脳卒中)・心臓麻痺・重大な精神疾患についてそれぞれsentinel events、possible sentinel eventsを列挙している。例えばエフェドラ又はエフェドリンによる死亡についてはsentinel eventsに分類されたのが5人、possible sentinel eventsに分類されたのが12人となっている。
こうした結果に考察を加えて報告書案とした。
なお文献リストについては評価対照とはしなかったものも含めて記載してある。


6.ピアレビュー
報告書案を作成した後、ピアレビューを行い合計37人からコメントをもらった。それらのコメントに基づいてさらに修正を行った後、別の専門家にレビューを受けた。評価者のコメントとそれに対するRANDの対応(文章を修正した、指摘された文献を追加した等)を全て列挙してあり、その部分だけで119ページに渡り、報告書全体の1/3以上を占める。RANDの対応には、対応せず、とか、出された意見に同意しない、というものも多数あり、全てのコメントに何らかの対応をしているというわけではない。



系統的レビューとサプリメント規制
この報告書は通常医薬品の有効性評価に用いられる系統的レビューの手法によりサプリメントであるエフェドラの有効性を評価しようとしたものである。評価対象にエフェドリンも含まれるため、医薬品の評価手法が適用できるものであった。結論としては、エフェドラサプリメントの販売中止になんとか理由がつけられるものにはなっているが、それにはFDAやメタボライフからの情報提供が不可欠であった。
系統的レビューの手法は、医薬品の臨床試験データの評価などのために確立された方法で、多人数による分業の上に成り立つ。規格のそろった医学データ(無作為対照化試験)を効率よく評価するために最適化された手法といえる。従って評価対象となる情報が規格にあわない場合は評価できない。また動物実験などでの毒性発現メカニズムからヒトでの危害が予想されうる、というような情報も扱えない。評価対象はヒトでの結果のみである。


FDAはエフェドラの危険性について、作用機序や有害事象報告から度々消費者に対しても警告を行ってきたし禁止措置も取ろうとしてきた。しかしDSHEA法の下では危険の「可能性がある」という理由での販売禁止措置はとれなかった。行政措置を行うためには、明らかにリスクがあるということをFDAが証明しなければならないとされているためである。そのため科学的根拠を示す目的で作成されたのがこの報告書であるが、こうした系統的レビューでリスクが不当であることが証明されなければ販売禁止等の措置がとれないのがアメリカの現状だとすると健康危害を未然に予防することは不可能ということでもある。何らかの健康被害が出て、それが適切な形で報告されて初めて系統的レビューが有効だからである。
そもそも無作為対照化臨床試験が実行可能なのは新規医薬品等で病気が治るというメリットが期待できるからであり、有害性を確認するための臨床試験など倫理的に許されるものではない。それを要求するようなDSHEA法は、これまでにも度々指摘されているところではあるが、消費者保護の点では非常に大きな問題を抱えている。