食品安全情報blog過去記事

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「ちょうどいいところ」を探して:コメのヒ素を規制するという課題

In Search of “Just Right”: The Challenge of Regulating Arsenic in Rice
Charles W. Schmidt(サイエンスライター
http://ehp.niehs.nih.gov/123-A16/
世界中の数百万人が主食とするコメにはしばしば天然の発がんやその他の健康影響をもたらすヒ素が含まれる。他の食品にもヒ素は含まれるが、コメは土壌からのヒ素を非常に効率よく吸収し小麦などの他の作物より10倍吸収できる。さらにコメ製品はベビーフードを含む多くの加工食品にも使用されていて暴露はコメをそのまま食べるヒトに限らない。ヨーロッパ人の平均ヒ素摂取量の95%は食品由来でそのうち半分がコメ及びコメ製品由来だと推定されている。さらに井戸水のヒ素濃度が高い地域では水とコメのダブルパンチになる。
コメのヒ素についての懸念の高まりが規制を求めている。アイルランドのQueens University Belfastの生物学教授Andrew Mehargは「我々は食事からのヒ素暴露を減らすために厳しいコメのヒ素基準を設定する必要がある」という。「全ての子ども、東南アジアに住む人々、グルテン不耐のためコメを食べるヒトなどを守るために早急に必要である」
しかし広く食べられている食品の天然由来成分を規制するのは簡単なことではない。コメのヒ素濃度は国や地域、品種により様々である。これ規制のモニタリングと実施に困難な課題となる。
脅威の評価
EPAは現在ヒ素閾値のない発がん物質と分類している。つまりどんなにわずかな量であっても発がんリスクはあるということである。これに合意しない科学者もいる。彼らはある程度の量以下ならがんをおこさないと言う。この議論は決着していない。
もう一つの不確実性は井戸水のヒ素と関連してよく見られる膀胱がんと肺がんが通常コメをたくさん食べる国で発生が多いという報告がないことである。この問題については注意深くデザインされた研究が必要である、とConsumer Reports のMichael Crupainはいう。一方で多くの健康影響がヒ素と関連することが報告されている−心血管系疾患、肺疾患、認知機能低下など。Pittsburgh大学の環境職業健康教授Aaron Barchowskiは、少量のヒ素は細胞にストレスを与え長期的には疾患になりやすくする、という。特に子どもは低濃度のヒ素に感受性が高いようだ。例えばバングラデシュと米国での研究は胎児期のヒ素暴露が乳幼児期の呼吸器感染や下痢と関連することを示している。さらにバングラデシュと台湾での横断疫学研究では早期ヒ素暴露は学童や青少年の神経行動上の問題と結びつけている。
しかし人々の同じ井戸水からのヒ素摂取量は一定量と推定できるが食品からのヒ素摂取量ははるかに定量するのが難しい。またヒ素が無機か有機かで影響は異なり、腸管でのヒ素の吸収は食品の種類により異なる。
Barchowskiはコメやコメ製品にはヒ素の毒性影響から保護するビタミンB類やセレニウムなどの多くの栄養素が含まれることも指摘する。このことはコメを食べることの実際のリスクを推定するのをさらに複雑にする。彼は「健康的でバランスの取れた食生活はリスクを下げる」という。
基準設定に向けて
FDAはコメのヒ素問題について数年検討している。現在将来の規制の科学的根拠となる健康リスク評価の最中である。FDAは現在保護者に向けて乳幼児に与える穀物の種類を多様にするよう、全ての消費者に向けては食品の表示を見て多様な穀物を食べるよう助言している。一方コーデックスでは精米についての無機ヒ素0.2 mg/kgの国際基準を設定した。しかしながらコーデックスの助言には拘束力はなく、各国が採用するかどうかを決めることができる。そしてこの2014年7月の発表された基準値では十分保護できないと批判する人たちもいる。
国際市場のコメのうち79%は白米(精米)であるがヒ素濃度が高いのは玄米である。これはコメの外側にヒ素濃度が高いためである。健康によいと宣伝されている甘味料であるオーガニック玄米シロップには玄米と同程度のヒ素が含まれる。WHOの食品安全部でリスク評価と管理のコーディネーターをしているAngelika Tritscherによれば、コーデックスは玄米について0.4 mg/kgの基準を提案したがデータ不足で合意できなかった。この基準についての議論は継続する。
正しいバランスを探す
EPAとWHOは飲料水については無機ヒ素の最大許容量10 µg/Lを採用している。しかし多くの国でコメのヒ素は規制されていない。EUはコーデックス基準に好意的であるがまだ法として採用してはいない。MehargによるとEUはコメベースのベビーフードについて0.1mg/kgの値を採用する計画である。
コーデックスによる精米基準はヨーロッパ、北米、アジアの10ヶ国から集めたデータをもとにしている。この値はヒ素の暴露量を減らすが多くの国で達成できないほど低い値ではないようにしてある。そうしないと基準が机上の空論になって意味がないからである。どんな値であれ規制するためにはそれが実行可能でなければならない。コーデックスは生産者が基準を満たすのに役立つガイダンスも作っている。提出された検体の最大無機ヒ素濃度は0.16から1.8mg/kgの範囲で、平均値は0.2 mg/kgより少なかった。従って実施可能性という意味で0.2mg/kgが選ばれた。これなら超過率は2%と少ない。コーデックスの公式文書ではこの基準値を「合理的に達成可能な限り低い(ALARA)と考えられる最大許容量」と説明している。
この基準はデータを見ると達成可能である。例えば2012年のコンシューマーレポートでは米国で購入した223検体のほぼ全てが0.2mg/kg以下であった。翌年FDAが発表した1300以上の検体の解析では「急性または短期の有害健康影響はないほど低い」とされた。次のステップは長期低用量暴露の影響をさらに知ることである、とFDAは言っている。
十分ではない
一方でコーデックスの基準案は健康リスク評価に基づいたものではないと批判されている。例えばMehargは全てのコメ製品に0.1 mg/kg、乳幼児用食品には0.05mg/kgにできると主張している。そして消費者同盟(CU)は白米と玄米およびコメ製品に0.12 mg/kgの基準を設定するようFDAに要請している。
米国コメ協会のスポークスマンMichael Kleinはコーデックスの基準の導出方法に同意している。あまりに低い基準を設定すると国によりコメ産業が壊滅する。しかしMehargは違う。「基準は人々の命と健康を守るために設定すべきであってそうなっていない」という。「これでは生産や加工に変えようというインセンティブが働かず、現状を肯定するだけだ」
Crupainによると0.12 mg/kgという案はがんについての閾値のない用量反応を想定した健康リスク評価に基づくものだという。これは安全の閾値ではないが、基準として合理的で実行可能だと彼は言う。米国の白米の約90%、玄米の28%がこの基準を満たす。
他の解決法
コメからのヒ素暴露量を減らすことは簡単ではない。コンシューマーレポートは新しい報告書で人々にコメの摂取量を制限するよう勧めている。ヒ素濃度の低いコメは週に1カップ、高い地域のコメは半カップ、そして子どもたちは1/4カップ。科学者はヒ素を吸収しない品種のコメを作るなどの他の方法を探っている。Florida International UniversityのBarry Rosenは最近無機ヒ素をメチル化する組換えイネを開発したが市販品種ができるまでにはまだ数十年かかるだろうと言う。
もし遺伝子組換えで解決できたらどうすると尋ねるとTritscherは「我々はオープンマインドを維持し続ける必要がある。コメのヒ素の問題を解決するにはどんな選択肢も排除はしない。ただ新しい技術はどんなものであれ最初に評価されなければならない」という。コメ協会のKleinは懐疑的である。「遺伝子組換えコメとヒ素入りコメとを比べたら消費者はコメを拒否するだろう。我々はコメを食べることのメリットが微量のヒ素のリスクを上回ると信じている」という。しかし単にコメを食べないという選択肢はコメを主食とする世界中の多くのヒトにとって実行可能ではない。コメを減らすことはコメの栽培や加工のより根本的な変化が必要で、規制による強制がなければそのような変化には取りかからないだろう。

  • ヒ素の作用:DNAメチル化標的が毒性メカニズムの候補

Inner Workings of Arsenic: DNA Methylation Targets Offer Clues to Mechanisms of Toxicity
Lindsey Konkel
http://ehp.niehs.nih.gov/123-A21/
今号のEHPでバングラデシュの大規模研究で白血球の特異的DNAメチル化標的遺伝子を同定したと報告されている
PLA2G2C, SQSTM1, SLC4A4, およびIGHの4つの遺伝子の部位。
(こっちはまだ海のものとも山のものとも)