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Scienceの今週号は福島特集

Science04 Mar 2016
恐怖の流行
Epidemic of fear
Dennis Normile
Vol. 351, Issue 6277, pp. 1022-1023
2011年3月の福島第一原子力発電所メルトダウンは膨大な苦難を引き起こした−避難、感情的トラウマ、早期死亡、仕事や学業の中断。これまでのところ、一般人への放射線が原因の病気はおこっておらず、がんやその他の病気が劇的に増えると予想する専門家はほとんどいない。原子炉が放出した放射線チェルノブイリの1/10でその多くは風で海に運ばれ、避難が速やかに行われた。しかしこの惨劇に関連する病気がひとつあり、それは皮肉なことに善意で行われたスクリーンニングの結果である。
事故から何ヶ月か経って、福島県は何万人もの子どもの甲状腺放射線が原因のがんの兆候を探して検査を始めた。このようなスクリーニングは前例が無く、何がおこるか誰も知らなかった。だから最初のラウンドで甲状腺の異常が約半分の子どもにみつかりそのうち100人以上がのちに甲状腺がんと診断されると大騒ぎになった。
東京大学の公衆衛生専門家Kenji Shibuyaは「過剰診断と過剰治療」という結果をもたらし、何十人もの子ども達が、多分必要もないのに、甲状腺を摘出した。活動家達はこの知見を原子力の危険性の証拠だと吹聴した。反核活動家Helen Caldicottは彼女のホームページに「事故直後にこれだけたくさんの異常がみられたということは、放射性ヨウ素を吸入したか飲み込んだかで子ども達が極めて大量の甲状腺被曝をしたことは確実であることを示す」と書いた。
科学者はきっぱり否定する。「これまで発見されたほぼ全ての事例は放射線によるものではないことが根拠により示唆されている」と英国ケンブリッジ大学甲状腺がん専門家Dillwyn Williamsは言う。先月Epidemiologyに発表された一連のレターで、科学者たちは扇動家の解釈を批判した。多くが汚染のない地域でのベースラインデータの必要性と、すぐに手術するのではなく監視することを受け容れるための、結果を理解するためのより良い教育が必要だと指摘している。しかし同時に多くがこの知見は医学的謎でもあると言う:どうして子どもにはこんなに甲状腺の異常が多いのだろう?Williamsはこのスクリーニングの「驚くべき」結果は、「甲状腺がんはこれまで考えられていたよりずっと人生の早い時期から発生しているに違いない」ことを示すという。
チェルノブイリの記憶が日本当局に甲状腺がんの心配をさせた。1986年の事故はベラルーシ、ロシア、ウクライナに放射性ヨウ素を降下させ乳牛が食べる草を汚染した。子ども達は汚染されたミルクを飲み甲状腺に放射性ヨウ素を蓄積した。WHOの2006年の研究では事故時18才以下だった人たちの約5000人が甲状腺がんになったことを発見した。国連は2006年にチェルノブイリによる子どもの甲状腺がんで死亡したのは15人とした。早期に発見すれば甲状腺がんはほぼ治療できる。
このことを念頭に日本の当局は事故時18才以下だった368651人の福島県住民の甲状腺スクリーニングを始めた。ほとんどの専門家は甲状腺の問題が大量にみつかることを予想していなかった。最初、福島住民の放射線被曝はチェルノブイリに比べて僅かで、メルトダウン後に発電所の20km以内に住む人は避難していて、食品は1週間後から検査されていた。さらにヨウ素錠剤を提供されていた。
2013年にWHOは事故後最も影響が多い地域での最初の1年間12-25mSvの暴露はがんの発症率にはほんの僅かな影響しかないと推定した。女性の生涯甲状腺がん発症リスクは0.75%で、福島での最も多い被曝でも追加リスクは0.5%だろうと推定した。
2011年遅くに始まった初回甲状腺スクリーニングは単にベースラインデータを提供するものだった。少なくとも4年は放射線が原因のがんはできないと予想されたからである。5.0mm以上の結節あるいは20.1mm以上の嚢胞がある子どもは二次検査とされ精密検査や必要であれば針吸引生検が行われた。初回スクリーニング後、20才までは2年ごとに、その後は5年ごとに検査される。
スクリーニングが進み結果が発表されると、最初から驚くほど異常が多かった。2015年4月に完了した初回スクリーニングの知見は2015年8月に発表され、300476人中の50%近くが結節や嚢胞を持っていた。他の場所でのより小規模な研究では小さな甲状腺結節や嚢胞は全年齢でよく見られることを示していた。しかし福島の結果で見られる頻度が高いのか低いのか専門家はわからない、と長崎大学原爆後障害医療研究所の放射線健康科学者Noboru Takamuraはいう。
がんと確定した事例が増えると放射線との関連を心配する声が大きくなりそのような懸念の提唱者が人気を集めた。2013年に岡山大学の環境疫学者Toshihide Tsudaが国際学会で福島のスクリーニングで発見された甲状腺がんが異常に多いと主張する発表を始め、昨年の10月に全体としてがんが30倍増えたと結論する彼の結果をEpidemiologyにオンライン発表した。この主張は警鐘報道となった。
他の科学者は速やかに厳しく批判した。何人かの疫学研究者によると、Tsudaは高性能の超音波装置を用いた検査しなければわからなかったであろう福島のスクリーニングの結果を、伝統的な甲状腺の腫れや症状があって病院に来て甲状腺がんと診断される患者での100万人あたり3人程度という数字と比べるという基本的な間違いをしている。英国マンチェスター大学の疫学研究者Richard Wakefordは「そのようなデータを比較するのは不適切である」と福島の健康影響を調べたWHO専門家ワーキンググループのメンバーとして書いている。彼らの意見は先月Epidemiology に発表されたTsudaの方法論と結論を批判した7つのレターのうちの一つである。
被曝していない集団での比較可能なスクリーニングではどうなるかを見るために、Takamuraのチームは福島調査のプロトコールを使って遠く離れた3県での3-18才の4365人の子ども達を調べた。同様の数の結節や嚢胞とがん1例がみつかり、100万人あたり230のがん有病率になる。Scientific Reportsに2015年3月に報告している。他の日本の研究では甲状腺がんは100万人当たり300、350、そして1300というものすらある。「高性能の超音波技術で検出された甲状腺がんの有病率は福島県と日本の他の地域とでは意味のある差はない」とTakamuraはEpidemiology に書いている。Epidemiology へのレターでTsudaは超音波検査で見つかったものと臨床的に見つかるものの時間差を考慮してスクリーニング効果を補正したと主張している。彼は他の批判には答えていないしScienceからの複数回にわたる取材にも反応しなかった。
多くの科学者が偏った解釈(spin)には合意しないにも関わらず、Tsudaや活動家らはその発見を振りまきスクリーニングを支持する。「甲状腺検査は、放射線が原因かどうか関係なく、がんを早期発見して命を救う」とGeorgetown大学の放射線健康物理学者Timothy Jorgensenは言う。
しかし一般の人々や多くの医師ですらこの結果を全体の中で見るバックグラウンドを持っていないことが明らかである。ほとんどの甲状腺の異常は無視しても問題はないにもかかわらず、「小さな病変の発見が患者を不安にする」と福島県の健康管理調査副委員長のSeiji Yasumuraはいう。甲状腺がんと診断されたほとんどが、甲状腺を摘出した。多くの場合経過観察のほうがよいという根拠がますます増えているにもかかわらず。東京大学のShibuyaが加える。
韓国は教訓を提供する。1999年に韓国政府は僅かな追加料金で甲状腺の超音波検査を提供できる検診を導入した−そして甲状腺がんの診断が爆発的に増えた。2011年には1993年の15倍の甲状腺がんが診断されたが甲状腺がんによる死亡率は変わらない。韓国Korea大学のHeyong Sik Ahnらが2014年11月にNEJMに報告している。診断された人のほとんどが甲状腺の一部または全部を摘出し、多くは生涯にわたって甲状腺ホルモン治療を必要とする。この「流行」を止めるため、Ahnらは甲状腺のルーチン検査をやめるよう言っている。
Williamsは子ども達の甲状腺の結節や嚢胞はこれまで考えられていたよりはるかによくあることであるという根拠があり、正常とみなすべきだという。福島調査はそのような結節や嚢胞の「発生起源をより良く理解する」ことになりより良い治療法につながるかもしれないという。
(なんで日本の記者が外国人のDennis Normile並の報道ができないの?)