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キノリン、スチレン、およびスチレン-7,8-オキシドの発がん性

Carcinogenicity of quinoline, styrene, and styrene-7,8-oxide
IARC Monographs Vol. 121 Group
Lancet Oncol, Published online 18 April 2018
http://www.thelancet.com/pdfs/journals/lanonc/PIIS1470-2045(18)30316-4.pdf
2018年3月、キノリン、スチレン、およびスチレン-7,8-オキシドの発がん性についての評価がまとめられた。
キノリンは、アザアレーン化合物の一種で、タバコの煙や大気汚染物質の中に存在する。キノリンは、石油やシェールオイルの処理中に発生し、コールタールやクレオソートで汚染された地域の地下水や土壌中に検出される。
キノリンは生産量が多く、様々な薬品や染料の生産に使用されている。ヒトにおける発がん性、暴露実態、吸収、体内分布については、データが得られていない。マウスやラットでは、様々な胚葉由来の組織において、これらの動物ではまれながんを誘発する。悪性腫瘍は、試験で設定された最も低い用量で高頻度に誘発されている。潜伏期間が短く、早期死亡を招いている。Crj:BDF1マウスに飲水投与した場合には、雌雄両方で、肝臓における組織球肉腫の発生率が上昇し、様々な器官で血管腫ならびに血管肉腫の発生率が上昇した。雄では肝細胞がんの発生率上昇も認められている。CD-1マウスに腹腔内投与した試験では、雌でリンパ腫が、雄で肝細胞がんが誘発された。F344/DuCrjラットに飲水投与した試験では、雌雄両方において、血管肉腫(様々な器官で)、肝細胞腺腫および肝細胞がんの発生率が上昇した。雄では、鼻腔の肉腫、鼻腔神経上皮腫、および鼻縦隔の肉腫が増加した。3件の混餌投与試験では、様々な系統のラットの雄で、肝臓の血管肉腫の発生率上昇が認められた。実験系においてキノリンが遺伝毒性を示すという強い根拠が存在する。げっ歯類やin vitro (代謝活性系存在下)において、突然変異や染色体損傷が引き起こされている。しかし、ヒトにおける発がんメカニズムを示すデータは得られていない。実験動物における発がん性に関する十分な根拠に基づき、国際がん研究機関(IARC)の作業部会は、キノリンを、グループ2B「ヒトに対する発がん性が疑われる」に分類した。
スチレンは、タバコの煙や大気汚染物質中に存在する。スチレンは大量に生産されており、主にポリスチレンポリマーの生産に使用されている。スチレンおよびヒトにおけるスチレンの主要代謝産物であるスチレン-7,8-オキシドは、労働現場の空気、特に強化プラスチック業やゴム製造業の現場の空気に検出される。スチレン-7,8-オキシドは、主としてエポキシ樹脂の製造に用いられる。
発がんに関する最も重要視される疫学的調査は、欧州、英国、デンマーク、米国全体および米国ワシントン州で行われたものであり、スチレンへの暴露量が最も高い強化プラスチック製造施設の大きな労働者コホート(1万人以上)が調べられている。複数の試験における白血病やリンパ腫の類型別の発生率や死亡率の増加に着目し、リンパ造血系の悪性腫瘍全般について認められた一般的なパターンの分析が行われ、白血病、特に骨髄性白血病の増加がより一貫して認められた。最も重要視される調査においては、急性骨髄性白血病の発生率は、スチレンへの累積的な暴露量増加と強く相関して上昇し、その潜伏期間は15年であった。米国全体の調査では、スチレンへの累積暴露量が最も高いと分類された群で、骨髄性白血病での死亡率(急性および慢性合算)の上昇が報告されている。欧州の調査では、骨髄性白血病での死亡率(急性および慢性合算)は、全体として増加していないが、10年の時差を設けて分析した場合、平均暴露強度の上昇と白血病での死亡率上昇との間に相関が認められた。副鼻腔腺がんは、まれながんであるが、強化プラスチック業労働者の1つの大きなコホートにおいて、発生率上昇が認められた。ただし、症例数が非常に少なく、偶然や交絡因子による可能性が排除できない。肺がんなどの固形がんについての根拠は、少ないかあるいは首尾一貫していない。全体として疫学的調査からは、スチレンへの暴露がリンパ造血系主要を引き起こすという信頼できる根拠が示されているが、交絡、バイアスないしは偶然の可能性は排除できない。
CD-1マウスをスチレンに吸入暴露した試験では、細気管支肺胞上皮がんの発生率上昇が雄で認められ、また別の試験では、雌でも認められている。後者の試験では、細気管支肺胞上皮腺腫とがんを合わせた場合、雌雄両方で発生率の上昇が認められている。O20に強制経口投与して経胎盤暴露を行った試験では、雌で肺がんの上昇が、雌雄で肺腺腫および肺がんを合わせた発生率の上昇が認められている。B6C3F1マウスにスチレンを強制経口投与した試験では、雄で細気管支肺胞上皮腺腫およびがんを合わせた発生率が、雌で肝細胞腺腫の発生率が上昇した。ラットをスチレンに吸入暴露した2件の試験の内1件で、悪性乳腺腫瘍の発生率上昇が雌で認められた。
ヒトに関する限られた根拠および実験動物における十分な根拠に基づき、IARCの作業部会は、スチレンをグループ2A「おそらくヒトに発がん性がある」に分類した。発がんメカニズムに関し、強い根拠が認められ、それがヒトでも機能することからも、スチレンをグループ2Aに分類することが支持される。スチレンは、ヒトや実験動物系において速やかに吸収され、脂肪組織に広く分布し、活発に代謝される。吸入されたスチレンから生じる排出物の約60%は、スチレン-7,8-オキシドへの代謝を介して生じている。スチレン-7,8-オキシドは求電子化合物であり、DNAと直接的に反応する。スチレン-7,8-オキシドが遺伝毒性を有するという強い根拠が存在する。暴露を受けた労働者では、遺伝毒性を示す他の物質由来のDNA付加体も含めて測定されているが、スチレン-7,8-オキシド由来のDNA付加体が血中や尿中に検出されている。スチレン-7,8-オキシドと同様にスチレンも、ヒトの細胞ではin vitroでDNA損傷、遺伝子突然変異、染色体異常、小核形成、および姉妹染色分体交換を引き起こすことが認められている。同様の知見が様々な実験系で観察されている。スチレンやスチレン-7,8-オキシドに暴露されたげっ歯類においては、細胞遺伝学的影響に関し、不明確な結果が得られているが、複数の組織でDNA損傷は陽性という結果が得られている。
スチレンに暴露されたヒトで血清プロラクチンが上昇したという報告に基づき、スチレンが受容体介在性の反応にも影響を及ぼすという強い根拠が提示されている。さらに、スチレンやスチレン-7,8-オキシドが細胞増殖に変化を与えるという強い根拠も存在する。スチレンは、ヒトリンパ球の培養細胞の細胞増殖を抑制し、スチレンとスチレン-7,8-オキシドは、様々なげっ歯類の組織において増殖を助長することが確認されている。マウスにおいてスチレンにより肺腫瘍が誘発されたことがヒトとどのように関連するかを検討するため、IARCの作業部会は、げっ歯類固有の腫瘍形成メカニズムの仮説に関連するデータをレビューした。この仮説には、スチレンがCYP2F2によって4-ビニルフェノールに代謝される過程、クララ細胞における細胞毒性、および終末細気管支における再生性上皮増殖が関与している。スチレンは、CD-1マウスおよびC57Bl/6において、細胞毒性、肺の細胞増殖、細気管支上皮過形成を誘発したが、C57Bl/6 Cyp2f2(-/-)マウス、およびC57Bl/6 Cyp2f2(-/-)マウスのヒト化CYP系統においては誘発しなかった。また、肺腫瘍はCD-1マウスの方だけで発生し、C57Bl/6マウスでは認められなかった。さらに、C57Bl/6系マウスでは、in vivo代謝データが得られておらず、肺細胞の増殖も、連続暴露の場合でも短期的で持続性は無かった。したがって、IARCの作業部会は、CD-1、B6C3F1、およびO20マウスでスチレンによって誘発された肺腫瘍について考えられている発生メカニズムは立証されていないと結論付けた。
スチレン-7,8-オキシドについては、ヒトにおける発がん性の根拠は不十分である。B6C3F1マウスに強制経口投与した試験では、前胃の扁平上皮乳頭腫およびがんが雌雄で増加し、肝細胞腺腫およびがん(合計)が雄で増加した。Sprague-DawleyおよびFischer 344/Nラットに強制経口投与した試験では、雌雄両方において前胃の扁平上皮乳頭腫およびがんの発生率が増加した。Sprague-Dawleyラットの雄では良性および悪性の乳腺腫瘍(合計)も増加した。BDIVラットに強制経口投与して経胎盤暴露を行った試験では、雄で前胃の乳頭腫が、雌雄で前胃のがんが増加した。IARCの作業部会は、スチレン-7,8-オキシドをグループ2A「おそらくヒトに発がん性がある」に分類した。これは、実験動物における発がん性に関して十分な根拠があること、およびスチレン-7,8-オキシドが求電子化合物であり、DNA付加体を形成することができ、遺伝毒性があり、このメカニズムがヒトでも機能することに基づいている。