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ゲノム編集とCRISPR/Cas9システムに関するFAQ

FAQ on Genome Editing and CRISPRCas9
BfR FAQ, 06 March 2018; Updated on 07 September 2018
https://www.bfr.bund.de/en/faq_on_genome_editing_and_crispr_cas9-199929.html
ゲノム編集とは、細胞の遺伝物質(ゲノム)に目的とする改変を加えることを可能にする最新の方法の総称である。特にCRISPR/Cas9システムは、ゲノム編集の新たな実用手法にとってかなり有望である。ドイツリスク評価研究所(BfR)は、消費者の健康を守るという観点から、こうした科学的な発展に目を配っている。ここでBfRは、ゲノム編集の話題、とりわけCRISPR/Cas9システムに関する最も重要な質問に回答を示す。
なお、2016年11月、ドイツ連邦政府は「新しい遺伝子工学技術の分類と管理」というタイトルの解説書を発表している(http://dip21.bundestag.de/dip21/btd/18/103/1810301.pdf)。
また、欧州委員会の科学の専門家グループは、2017年4月に農業バイオ技術分野で用いられることになりそうな最新の技術に関する予測を発表している(http://ec.europa.eu/research/sam/pdf/topics/explanatory_note_new_techniques_agricultural_biotechnology.pdf)。
◇FAQ
ゲノム編集とは何か?
「ゲノム編集」とは、遺伝物質の加工を意味する。この用語は、標的を定めた遺伝情報の改変を可能にする様々な新しい生物分子学的方法の総称である。中でも重要なのは以下のような技術である。ZNF(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)またはTALEN(転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ)を用いた突然変異誘発、部位特異的突然変異誘発(ODM)、およびCRISPR/Cas9システム。ゲノム編集のプロセスにより、標的生物のゲノムに特定の変更を誘発することができる。この目的のためには、2つの構成要素が必要とされる。すなわち、標的生物のDNAを切断するタンパク質(ヌクレアーゼ)と、このヌクレアーゼをDNA内の関連する位置に導く「ナビゲーター」である。「ナビゲーター」(使われる技術よるが、これはDNA、RNAあるいはタンパク質の一片である場合が多い)は、ゲノム編集プロセスにおいて、標的生物のゲノム内の関連する位置を「認識する」ことができるよう、カスタマイズされる。ヌクレアーゼの方は、外部から細胞に導入される(CRISPR/Cas9、TALEN、ZNF)か、あるいは細胞内にもとから存在するもの(ODM)のいずれかである。
これらの手順により、点変異(個別のDNAビルディングブロックの置換)または欠失(1つまたはいくつかのDNAビルディングブロックの消失)を生じさせることができる。一方、1つまたはそれ以上のビルディングブロックを付け加えることも可能である(挿入)。科学者はより大きな合成DNA片を細胞に導入することもできる。このDNA片は、その後DNA修復の際にゲノムに組み込まれる。
ゲノム編集と従来の植物育種法との相違点と類似点は何か?
従来の植物育種(遺伝子技術法の対象外の手法)では、植物の自然の交雑だけでなく、自然に発生する、あるいは化学的ないしは放射線照射により誘発される植物ゲノムの変化が利用される。このプロセスの場合、育種者はゲノムのどこで変化が起きたのか正確にはわからない。それため、その次に選別過程が必要とされる。この過程では、多数の処理された細胞や植物のクローンから、所望の改良を含むものを特定・選択される。これらの技術は、新しい植物種の育成のために利用され3000回以上成功してきた。例えばある種の大麦は、ガンマ線の力を借りて作出されている。
それに対し、ゲノム編集は遺伝子に標的修飾を誘導する。この目的とされた位置において修飾がどのような形を取るかは、ゲノム編集プロセスにおいてツールがどのように使用されたかによって決まる(前述部参照)。場合によっては、突然変異が自然に起こったのか、新しい技術によって起こったのか、結果(DNA配列)に基づいて判断することができない。しかし、ゲノム編集も自然に起こらない遺伝的変異体の創造を可能にする。
遺伝情報、すなわち生物の形成・維持のための構築計画は、ヌクレオチド(ヌクレオチド配列)というDNAモジュールの特定の配列として記憶されている。遺伝情報に起きる変化は突然変異として知られている。突然変異は、個々のモジュールあるいはより大きなDNA領域に影響を与えることがあり、自然に発生することもある。どこにでも生育している野生のハーブであるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、自然に起きる突然変異率は、おおよそ150,000 kbpのDNAモジュールにつき1ヵ所である。マウスでは、胚細胞1個および1細胞世代につき、自然の突然変異率は、100,000 kbpのDNAモジュールあたり1〜3ヵ所であることが判っている。それゆえ遺伝情報の改変は生命の一部分である。
自然の突然変異率を増加させ、新種や新系統の育種淘汰のために遺伝的多様性を達成する方法(放射線や変異原性化学物質を用いる方法など)は、何十年もの間従来の植物の育成や家畜の育種において使用されてきた。伝統的な突然変異生成技術は、3,000以上の農作物品種を生み出してきたと推定される。それため、新しく作出された変種あるいは品種は、自然淘汰、育種あるいは遺伝子組み換えに関わらず、もとの生物に対して遺伝的変化があることによって区別される。
生じ得る健康リスク予測する(リスク評価)ために確立された方法やガイドラインEUには存在し、これらにより、有効な法規定に従い入手可能な科学的情報とデータに基づいて、試験を行うことが可能となる。
CRISPR/Cas9は何の略語か?
CRISPRは、”Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats”(集塊化され等間隔にスペーサーが入った短回文型反復配列)の略である。こうした反復DNA配列は、多くの細菌のゲノムに存在し、細菌の防御システムにおいて重要な役割を果たしている。ウイルスが細菌内に入り込むとき、細菌の細胞はそのCRISPR構造内にウイルスDNAの一部を組み込む。もしこのDNAを有する別のウイルスがその細菌内に入ろうとすると、ウィルスはそのCRISPR配列により察知される。Cas9は、”CRISPR-associated protein 9”の略である。認識したDNA領域に取り付き、ウイルスのDNAを切断する。
どのようにCRISPR/Cas9システムは機能するのか?
CRISPRおよびCas9はもともと、ウイルスやプラスミドを介した外来の遺伝物質の侵入から細菌を守るシステムの一部として発見された。ここ数年、CRISPR/Cas9システムはゲノム編集に使用され、さらに発展してきた。
Cas9酵素はいわゆるガイドRNA(「ナビゲーター」機能)に付着すれば良く、その後ウイルスDNAの役割を果たして、その検出を担う。もし、Cas9がゲノムDNA中に適合する断片を見つけると、そのDNA鎖を切断する。こうしてできたDNAの破断部は、その後細胞が持つプロセスを介してさまざまな経路で再修復され得るが、ここで突然変異が生じる可能性がある(前述部参照)。
ゲノム編集が応用される分野は?
ゲノム編集はこれまでの方法(遺伝子組み換え手法など)より比較的実施しやすく、迅速であり、また最も重要なことだが、より正確に標的を定められる。結果として、科学者は、例えばカビに強い小麦や低温状態で保管できるジャガイモなど、多産のあるいは病気に強い変種や品種の創出が、ゲノム編集のおかげで農畜産業において可能になるであろうと期待している。薬学の分野においては、ゲノム編集は様々な病気に対する新しい治療手法の開発に斬新な機運をもたらすだろうと期待されている。しかし、その様な開発にはかなりの時間を要し、成功が明日にも訪れることを期待できるものではない。
ゲノム編集によって食品や飼料の安全性に関連して消費者に生じる可能性のある健康リスクはどうすれば評価が可能となるか?
EU内では、安全でない食品は市場に持ち込まれてはならないという原則が適用される。同様に、安全でない飼料は販売されたり食品生産に使用される動物に与えられたりしてはならない。
ゲノム編集を用いると、自然にまたは人工的に生じ得る遺伝的変異体を作出することができる。原則として、遺伝子組換え植物から作られた食品や飼料の健康リスク評価用に確立された手法は、ゲノム編集を用いて作出された植物のリスク評価にも適用することができる。
欧州委員会の専門家から成るグループの考え方では、新技術によって作り出される生物のリスクを評価するためには、各事例がそれぞれ検討されなければならない。
ゲノムに改変を加えるどの方法もそうであるが、ゲノム編集を応用する科学者は、標的とされた以外の遺伝子部位の改変(オフターゲット作用)が起こる可能性を排除することはできない。 現在の知識の状況によれば、ゲノム編集技術は、最新の状態の知識を考慮に入れて使用される限り、非常に特異性が高いと考えられる。そのため、科学コミュニティでは、いわゆるオフターゲット作用の発生は従来の手法よりも低頻度であるというのがコンセンサスである。しかし、この分野において発展が急速であることとゲノム編集を技術的に応用した経験が乏しいため、この領域の研究はまだまだ必要である。
ゲノム編集は遺伝子組換えの一形態なのか?(06 March 2018時の設問)
今のところゲノム編集によって作出されたどの生物が遺伝子組換え規制の対象となるかは明確になっていない。これに関しては欧州司法裁判所の判断が待たれる。この判断は特に、突然変異誘発を介して得られたどの生物が遺伝子組換え規制から除免されるかに関する質問、すなわちゲノム編集によって生み出された突然変異体が対象になるのか、あるいは従来の突然変異誘発(放射線あるいは化学物質)によって生み出されたものだけになるのかに関する質問に回答するものとなる。この案件(Case C-528/16)は、2018年中旬に判断が下されると見込まれている。BfRは科学機関であり、ゲノム編集がどのように法律上分類されるかについてはいかなる判断も行わない。
ゲノム編集は遺伝子組換え技術とみなされるのか?(07 September 2018の更新時の設問)
BfRは科学機関であり、ゲノム編集が法律の観点からどのように分類されるかについてはいかなる判断も行わない。欧州司法裁判所は、2018年7月25日に、基本原則として、ゲノム編集によって作出された生物は、欧州議会および欧州理事会GMO規制法で定義される遺伝子組換え生物(GMO)であり、したがって遺伝子組換え技術に関する規則の対象となるという裁定を下した。欧州司法裁判所のこの裁定からはさらに、この手法を用いて製造された製品は、GMOとしての標識要件および表示要件の対象となり、消費者が識別できるようにしなければならないということも導き出される。
ゲノム編集の分野においてBfRはどのような任務を果たすか?
BfRの重要な任務はヒトの健康を守ることである。その独立した科学的な評価、研究および透明性ある健康リスクコミュニケーションを通して、BfRは食品および飼料、製品および化学物質の安全性に公正に寄与する。こうした背景の下で、BfRはゲノム編集の科学的側面に携わっており、そのため国家機関、欧州機関およびその他の国際機関との定期的な交流に参画している。
例えば、2016年12月6日には「遺伝子組換えにおける新技術」というシンポジウムを開催し、BfRはそこで知識の現況に関する情報を提示し、このテーマについて多くの側面から議論するための機会を提供した。こうしたイベントをきっかけとして、BfRは、生じる可能性があり、特定され評価されたリスクについて、バランスの取れた科学的に健全な方法で伝達して行くという法的な義務を果たしている。
ゲノム編集の手順が遺伝子組換えを管理する法的規制の対象となるかどうかに関する判断は、リスク管理機関によって下されるだろう。
遺伝子組換え食品・飼料に関するBfRの委員会はどの様な役割を果たすのか?
BfRの委員会のメンバーは、未解決の科学的な問題に関する独立した助言を無料で提供する。BfRの委員会は、BfRのリスク評価には関与しない。