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IARC作業委員会報告書 ビタミンDとがん

IARC Working Groups Reports  Volume 5
Vitamin D and Cancer
http://www.iarc.fr/en/content/view/download/4516
465ページ
要約
主に米国で行われた地域相関調査で、いくつかのがんや慢性疾患リスクが緯度の高い地域に住む人で高いことからビタミンDとの関連が示唆された。この「ビタミンD仮説」は当初in vitroでビタミンDが細胞増殖を阻害しアポトーシスを促進することを根拠に、次にいくつかの組織では局所で生理活性のあるビタミンDの活性型(1α,25-ジヒドロキシビタミンD)を作ることができ、これに抗がん作用があることで強化された。
IARCはビタミンD状態とがんリスクに因果関係があるかどうかを調査するための国際的専門家による作業委員会(WG)を作った。WGはビタミンDとがんに関する疫学文献を系統的にレビューし、血清25ヒドロキシビタミンD(その人のビタミンD状態の入手できるうちで最も適切な指標)濃度と直腸結腸・乳・前立腺がんおよび直腸結腸腺腫のリスクについての観察研究メタ解析を行った。
ビタミンD状態とがんの関連を示唆する多くのデータが緯度とがんの死亡率の関連を評価した地域相関研究によるものであった。しかしながら地域相関研究から因果関係を推測するのは、緯度により変動する各種発がんリスク(食生活やメラトニン合成など)などの交絡因子を適切にコントロールすることができないことなどから極めて危険であることは有名である。米国の研究ではビタミンD状態と緯度の間に弱い関連が見られるが、戸外での活動や肥満などの他の要因の方がビタミンD状態と良く関連する。ヨーロッパでは逆に南部から北部に向かって血清25ヒドロキシビタミンDの増加が見られ、それが同じように直腸結腸・ 乳・前立腺がん発生率と平行している。
同年齢で同じ肌色の人々の中には同じ日光暴露量でも血清25ヒドロキシビタミンD濃度の個人間差が相当ある。
体内にビタミンDが蓄積しないよう多くの生理的メカニズムが進化してきた。血清25ヒドロキシビタミンD濃度が高いとUVB照射やビタミンDサプリメントによるさらなる増加効果は少なくなる。
この報告書は観察研究のメタ解析の概要を示す。その結果は血清25ヒドロキシビタミンD濃度が低いと直腸結腸がんと直腸結腸腺腫のリスクが増加するというものである。全体として乳がんに関する根拠は限られており前立腺がんについては根拠はなかった。2つの二重盲検プラセボ対照無作為化試験(米国でのWHIと英国での小規模の試験)でビタミンDの補充(WHIでは1日10microg、英国試験では21 microg)は直腸結腸がんや乳がん発症率に影響はなかった。直腸結腸がん発症率についての観察研究と無作為化試験の見かけ上の矛盾を説明する理由は、使用したビタミンDの用量が低すぎたことやWHIではホルモン療法との相互作用などたくさんある。ビタミンDはがんの進行、すなわちがんの発症率より死亡率に与える影響が大きいという実験的及び疫学的データもある。
新しい観察研究ではビタミンDと既知のがんリスク因子との複雑な関係を解きほぐすことはできそうにない。またビタミンDとがんの研究は他の健康条件、とりわけ心血管系疾患との関連から分離することはできないだろう。無作為化試験のメタ解析では通常のビタミンDサプリメントの摂取量(1日あたり10-20microg、すなわち400-800 IU)で、試験開始時にビタミンD濃度が低い人が多かった50才以上の集団において、全ての原因による死亡を削減することがわかっている。慢性腎不全患者にビタミンDサプリメントを使用すると死亡率が下がる。米国からのNHANES IIIの最近の解析ではビタミンDが少ないと死亡率が増加することが示されている。どの試験でも死亡率の差の原因となった死因は特定できていない。
現在問題なのはビタミンD濃度が低いとがんやその他の慢性疾患や死亡リスクが高くなるのかどうか、あるいは単純に健康状態が悪いことの帰結なのかどうか、である。もし最初の仮説が真であるなら、ビタミンDサプリメントはある種の病気を予防し健康状態を改善するであろう。もし2番目の仮説が真であるなら、ビタミンDサプリメントには病気予防効果も健康状態改善効果もないであろう。前述の無作為化試験でがん発症率が下がらなかったことから、2番目の仮説が有利なようだが、これらの試験は決して決定的な根拠となるとは考えられない。
因果関係についてさらに検討する唯一の方法は、全ての死因とがんを含む良くある病気の発症率や死亡率へのビタミンDの影響を評価するための新しい無作為化試験を行うことである。そのような試験ではビタミンD状態の重要なパラメータ(試験開始前と試験中の血清25ヒドロキシビタミンD濃度など)が評価できるように計画すべきである。
紫外線にあたったりサプリメント(1日50 microg以上)を摂ったりしてビタミンD状態を増加させるよう(血清25ヒドロキシビタミンD濃度が30 ng/mL以上)主張しているグループもある。しかしながら高濃度ビタミンDへの長期(1年以上)暴露による健康影響はあまりわかっていない。過去の経験からは、十分食べるものがある集団では、抗酸化物質(ベータカロテンやセレンやビタミンE) やホルモン類などの一部の物質の摂取増加は、実際には健康や死亡率に有害であることが示されている。これらの知見は、これらの物質が健康へ良い影響があることが示唆された初期の実験室での研究や観察研究と矛盾する。例えば多くの女性は骨粗鬆症や冠動脈心疾患などの予防のためにホルモン補充療法を行うよう助言されたが、つい最近、大規模疫学及び無作為化研究でホルモン補充療法を1年以上行った場合乳がんと心血管系疾患のリスク増加が示された。
1年以上長期に血清25ヒドロキシビタミンD濃度を高く維持することによる有害影響の可能性についてはよくわかっていない。最近の米国NHANES IIIとフラミンガム心臓研究データからは血清25ヒドロキシビタミンD濃度が40 ng/mLを超えると、それに伴って死亡率と心血管系疾患イベントが増加することが示唆されている。
従って既存のビタミンD推奨摂取量を変更する前に、ベースラインの血清25ヒドロキシビタミンD濃度に比べて、ビタミンDサプリメントを摂ったときの健康影響についての解析を含む新しい無作為化試験の結果を待つべきである。

(ビタミンサプリメントの効果を期待した試験が次々期待はずれになっているので、現在科学者はサプリメントにはかなり慎重になっている。)