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  • 福島の不確実性問題

Natureコラム
Fukushima's uncertainty problem
Geoff Brumfiel.(Natureのライター)
18 July 2012
http://www.nature.com/news/fukushima-s-uncertainty-problem-1.11031
放射線暴露が心配な人達に対して、科学は明確な答えをあまり持っていない
日本の福島第一原子力発電所メルトダウンしてこの25年間で最悪の核危機がおこって1年以上が経つ。そしてこの事故の影響について我々が知っていることが如何に少ないかは驚くべきことである。
昨日発表されたこの事故の健康影響を数値化しようとした論文によってこの事実を思い出させられた。スタンフォード大学カリフォルニア校のJohn Ten Hoeve と Mark Jacobsonのよるこの論文は、一見すると徹底した解析のようであるが、この危機を巡る不確実性はこの論文では福島の結果何人ががんで死亡するかを桁ですら予想することができないことを意味する。この論文では発電所から出た放射性物質により15人から1100人の間の何人かが死亡するかもしれないという。別に24-1800ががんになるかもしれないがそれで死亡することはないだろう。
ほとんどの人々にとってがん39と2900の違いは大きい。何故科学はもっと正確にできないのか?この問題はこの種の推定が用いたモデルと仮定に依存するということである。別の言葉で言うと、これはあて推量なのである−非常に教養のあるものではあるがそれでも当てずっぽうなのである。
最良推定
最初に、どれだけの放射性物質が放出されたのかという問題がある。Ten Hoeve と Jacobsonはヨウ素-131が 6.5 × 10^16ベクレル、セシウム137が1.7 × 10^16ベクレルと推定した。何ベクレルかは気にする必要はない、それは単なる推定である。事実は、メルトダウンの原因となった津波が施設周辺のほとんどの放射線監視装置をも壊したということである。世界規模での放射線監視網が大まかな推定を可能にしたが、推定値は2倍程度の差はある。
次に誰がどこで暴露されたか、という問題がある。大気輸送モデルは放射性物質の行き先を予想する。しかし地震津波に続く混乱の中で、福島県民が実際にどこにいたのかを知る人はいない。著者のモデルでは避難者の習慣(例えば1日12時間屋内にいる)と場所を発電所周囲に完全に均一に分布していると仮定している。WHOの別の報告書の推定ではやや違うが、誰も危機が始まったときに誰がどこにいたのかを知らない。
最後に、最も基本的なことなのだが、低レベル放射線の人体への影響についての疑問がある。研究者らは100 mSv以上の放射線に暴露されると、僅かではあるが検出可能なレベルのがんリスクの増加があることは知っている。しかしそれ以下で何が起こるかについては根拠がない。WHOの最良推定では福島では50 mSvを超えて被ばくした市民はほぼいないので、そのリスクを経験的に導き出す方法はない。科学の最良の推定方法として、低線量のリスク推定のために既知のリスクから外挿したいわゆる直線閾値無しモデルが使われる。このモデルは全ての人に信じられているわけではなく、低線量は予想より悪いという人から実際には健康によいとする人までいる。我々の持っているデータからはそれを知ることはできない。
わからないことがわかっていること
全部ひっくるめて、事故によるがんの可能性の幅は非常に大きい。これらの研究のどれが正しいのか知る方法はない。日本のような先進国ではがんになる率は非常に高く、例え数千人ががんになったとしてもバックグラウンドの率(大体40%)を超えて検出できるようになることはないだろう。もし検出可能ながんの増加があったとしても、彼らあるいは愛する人のがんが昨年3月の事故により引き起こされたものだと確実に言うことは誰もできないだろう。
それはいらいらする事態であるが、状況は変わらないだろう。現時点では、モデルのエラーを相当減らすために必要なデータは得られそうにない。もしデータがあったとしても、線形閾値無しモデルによる不確実性があるため、予想数は確実なものとはかけ離れたままであろう(このモデルを改善するための興味深い努力が行われているが、すぐに根本的に改訂されるとは思えない)。せいぜい、WHOや独立した研究者や日本政府の推定は重なっていると言えるだろう。
もっとはっきりしたことが言いたいという希望はあるが、私はこの事態が科学の失敗だとは思わない。たくさんの独立した推定の不確実性は大きいが、推定を全てまとめてみると、福島の健康リスクについては極めて強い合意がある:放射性物質によるリスクは比較的小さく、それが原因となるがんは決してバックグラウンドの中から探し出すことができないであろう。これは安心できるメッセージではないかもしれないが、誠実なものである。