食品安全情報blog過去記事

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WHO紀要

Bulletin of the World Health Organization
Volume 91, Number 6, June 2013, 389-464
http://www.who.int/bulletin/volumes/91/6/en/index.html
・エディトリアル:何故我々は世界中で体を動かすことを勧めるのに失敗しているのか?
運動の重要性を社会が認識していないわけではなく、政策がとられていないわけでもない。公衆衛生上の努力にもかかわらず、運動しないことによる健康問題は世界中で大きなままである。これは人々の行動を変えるには社会的認知やキャンペーンだけでは十分ではないことを示す。健康のため、だけではなく、運動は楽しい、という勧め方も役にたつかもしれない。
・福島の教訓:科学者はもっとよくコミュニケートする必要がある
Lessons from Fukushima: scientists need to communicate better
2月にWHOの健康リスク評価をとりまとめた科学委員会の共同座長であったRoy ShoreがFiona Fleckに、緊迫状態での価値のある科学を生み出すための課題について語る
Q: 世界初で唯一核爆弾に攻撃された国が、チェルノブイリ以降最も重大な核事故にも直面したのは悲劇である。放射線影響研究財団(RERF)の1945年の核爆弾による健康影響調査は日本や世界が福島の惨劇に備えるのに役にたったか?
A: 初めは、この大きな地震津波発電所の事故との複合災害について大きな混乱と不確実性があった。そのような途方もない破壊があったときには初期に混乱があるのは避けられない。影響があった地域のインフラが大きく破壊され、電気が無く携帯もつながらず、対応がばらばらで原子炉の持ち主会社の準備が十分でなかったという状況である。初期の混乱にもかかわらず、日本政府と国民は力を合わせてこの災害に立ち向かった。対応はチェルノブイリよりずっと良かった。一部はチェルノブイリの経験があったこと、一部は初期のショックから立ち直ったあとの社会がよく組織化されていたことによる。我々はRERFで長期健康影響推定のための相当な科学的文書を作ってきた。これが医学的懸念に対応するのに役にたつだろう。
Q:どんな情報を提供したか?
A:蓄積されたデータから多くのことを学んでいた。放射線はいろいろな種類のがんのリスクを増し、固形がんのリスクは直接線量に依存する。このリスクの増加はどんな年齢で被曝しても生涯にわたること、若い人のほうが高齢者より大きなリスクとなること、最もよく見られるのは白血病乳がん甲状腺がんであることなどである。心疾患や脳卒中白内障などの疾患も被曝と関連するが低線量でリスクがあるかどうかは明確ではなく、高線量でもがんよりリスクは小さいようだ。従って低線量被曝後の主な健康影響はがんになる。我々のデータは放射線リスク推定のための基本となった。
Q:科学的プロセスがしっかりしたものでWHO報告書の結果が意味のあるものであることを確保するために何をしたか?
A: WHOは極めてしっかりしたトップ科学者をメンバーに選びバランスをとった。我々は健康リスクを過剰に見積もるべきではなく、暴露量は恐れていたより相当低いという委員もいた。一方リスクが現実にある可能性を過小評価すべきではないという委員もいた。我々は単なる短期の線量とリスクではなく、長期暴露と生涯リスク推定のためにいくつかの革新的考え方を導入した。さらに子どもの甲状腺がんリスクを推定するためにこれまで使われていたアプローチより良い方法を用いた。報告書案を作ってからその改善のためにいろいろなグループから意見を聞いた。
Q:周囲からのプレッシャーをどう管理したか?
A:委員会の一員として、我々は圧力団体に屈することなく可能な限り最良の科学を適用することに集中した。意見の違いについては活発な議論を行い、私が議長を務めたグループでは全員が発言するようにした。我々は入手できる最良の科学的根拠を用いたが、専門家の意見にはいつも異なる部分がある。我々は合意に達するよう努力した。もちろん、完全には合意できなかったので、少数派の意見も報告書には取り入れた。
Q:この研究の限界は?
A:最も大きな限界はいろいろな地域の人々が暴露された量の不確実性である。WHOの招集した線量評価委員会は、最初の数ヶ月線量データしか使えなかった。その後多くの情報が出てきたため全体像が変わっている可能性がある。我々の仕事は、推定線量が後に変わっていることを知ってはいたが、線量推定委員会の推定線量に基づいて作業をすることだった。さらに人々の食べる食品やその由来、避難の時期なども知らない。従って健康リスク推定には多くの不確実性があった。
Q:1945年の広島長崎の原爆影響研究の経験から、そのような不確実性は、推定の信頼性に影響するか?
A:イエス。原爆研究では相当不確実なデータがありそれを補正するのに統計モデルを使えたが、福島では不確実性の大きさに関する十分な情報がない。
Q:ほかの限界は?
A:甲状腺がんについてである。我々は福島では極めて感度の高い集中的スクリーニングが行われていて、それが無ければ見つからなかったような甲状腺がん事例を検出するだろうことを知っている。このような高感度スクリーニングの医学的意味はわからない。極微少のがんのうちどのくらいが健康に影響するまでに増殖するのかについては答えがない。
Q:放射線の健康影響調査についてはなぜしばしば政府の透明性の欠如が批判されるのか?
A:チェルノブイリ後、影響のある地域の人々に情報が伝えられなかったために子ども達が極めて大量の放射性ヨウ素に暴露された。これは透明性の欠如の一例であるが、より大きな問題は核事故の起こったときは通常情報は限られていて混乱があるということである。
Q:コミュニケーションにも関係するか?
A:イエス。我々科学者は一般の人々とコミュニケーションをするのがしばしば上手ではない。福島でも同じであった。メディアは混乱していた。例えばその意味や関係を説明せずに、あるニュースメディアにはミリシーベルトを使い、他のメディアにはベクレルを使った。我々科学者は、ジャーナリストや聴衆が理解しやすいように健康リスクについて伝えるにはどのような方法が最良かを必ずしも考えない。例えばどのくらいの被曝である人が病気になる確立が増えるのかをもっと上手に説明する必要がある。放射線暴露がなかった場合のリスクとの比較は理解の助けになるだろう。放射線リスクを、ある種のライフスタイル要因などのような他のリスクとのより大きな文脈で示すことは、根拠のない不安を減らすのに役にたつだろう。
Q:政府が透明性の無さを批判される理由は他にもあるか?
A:放射線リスクについて偏った見方をする、特定の主張のために科学を利用する科学者を含む主張団体が存在する。彼らは、センセーショナルな物語を好み事態を大げさに報道するのが好きなメディアにたくさん取り上げられる。科学的メッセージが単純明快ではなく、メッセージの中に不一致があるため、報道する人間には何が妥当な科学でどういう意味があるのかを見分けるのが難しい。これは非常に困難な、泥沼の状況なのである
Q:あなたは科学者として全方位からのプレッシャーにどうつきあっているか?
A:我々は中立で公平であり、センセーショナリズムにも、科学的知見の隠蔽にも与しない。