食品安全情報blog過去記事

はてなダイアリーにあった食品安全情報blogを移行したものです

その他

某所の記事のより詳細な情報
前置きとして、私は食品の安全性に関心があります。合法かどうかはその次です。従って「安全性に問題はないが違法になるもの」と「合法であるが安全性に問題のあるもの」では後者の方により注目しています。ニュースで取り上げられているのは多くが「安全性に問題はないが違法なもの」です。法的にも安全上でも問題がある病原微生物汚染のようなものについては何故か注目度が低いです。
中国問題報道を化学物質の安全性の視点から見ると以下のような感じになります。



中国産の食品の安全性についての報道がさかんに行われ、不安になっている人も多いのではないだろうか。報道されていることが日本に住んでいる消費者にとってなんらかの対応が必要な問題なのかどうか、考えてみたい。

残留農薬の基準値(MRL)超過
例えば中国産キクラゲからフェンプロパトリンが基準値を超えて検出された、というニュースがあった。この場合の基準値とは一律基準のことで0.01ppm(mg/kg)であり、検出されたのは0.1ppmといった量である。フェンプロパトリンのMRLはベリー類なら5 ppm、白菜 3ppmであり許容一日摂取量(ADI)は0.026mg/kg/日となっている。つまり体重50 kgの人なら違反のあったキクラゲを毎日13kg一生涯食べ続けても健康に影響はないと考えられる。基準値ぴったりのベリーなら毎日260gである。
こうした矛盾はMRLが安全性の指標ではないということからくる。安全性を判断するにはADI又は急性参照用量(ARfD)を指標にする。ADIは一生涯毎日食べ続けても影響がないという慢性毒性の指標であり、ARfDはその日にたまたまたくさん食べたというような場合の急性毒性の指標である。ARfDは全ての農薬に設定されているわけではないが、その日はイチゴを2パックも食べた、というような極端な状況を仮定して判断する。
日本ではMRL超過があると直ちに回収や廃棄という対応を執ることが多いので誤解を招きやすいが、英国やドイツでは超過した内容を評価して健康上問題がないとされれば回収は行わない。ただし超過の原因については調査し再発防止策を執ることになる。
日本で使用されてない作物と農薬の組み合わせの場合、一律基準である0.01ppmが適用されて基準値違反となることが多いが、この場合の消費者の健康リスクはほとんどないと考えていいだろう。
(参考サイト:農薬等ADI関連情報データベース (テスト版)
http://www.nihs.go.jp/hse/food-info/pest_res/index.html
ARfDについては日本では見あたらない
オーストラリアのTGAが出している一覧表
http://www.tga.gov.au/docs/pdf/arfd.pdf
対になるADIリスト
http://www.tga.gov.au/docs/pdf/adi.pdf


・ウナギのマラカイトグリーン
マラカイトグリーンについては検出されてはならないので、たとえわずかであっても検出されると違反となる。実際に検出されている量は、代謝物であるロイコマラカイトグリーンで0.008ppm 、0.004ppmといったものである。マラカイトグリーンは「発がん性の疑いがある物質」と報道されていることが多いが、マラカイトグリーン代謝物であるロイコマラカイトグリーンに雌のマウスで数十mg/kg体重/日という投与量で発がん性が認められたということである。雄のマウスやラットではそれほど明確な発がん性は見られていない。養殖魚から検出される量でヒトの健康に悪影響があるとは考えられていない。色素なのでもし量が異常に多ければ見た目でわかるであろう。
ウナギの蒲焼を食べるとしたら、残留しているかもしれないマラカイトグリーンよりタンパク質の焦げに含まれる成分の方が動物での発がん性は高い。もちろんそればかりを食べるのでなければそれほど気にする必要はない。
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20050712#p14

ホルムアルデヒド
中国産の食品からホルムアルデヒドが検出されたという報道も多い。ホルムアルデヒドは継続して吸入した場合、鼻の粘膜などを刺激しヒトでもガンを誘発する。ただし食べた場合については発がん性は明らかではない。もともと中間代謝物として体内に一定量存在しているために微量を食べてもあまり影響はない。ヒト血中には内因性のホルムアルデヒドが2-3 mg/L含まれる(IARC http://www-cie.iarc.fr/htdocs/monographs/vol88/formal.html
シイタケなどには天然に多く含まれる。(100-320 mg/ kg Food Addit Contam. 2004 Nov;21(11-):1071-82.)
従ってただ食品中から検出されたというだけではそれが天然由来なのか意図的に加えたものなのかわからないため、必要以上に混乱を招いていることがある(2005年の年末ごろインドネシアでいろいろな食品からホルムアルデヒドが検出されて不買運動などの騒動になった。違法使用のものと天然由来のものが区別されずに排斥対象になった)。ホルムアルデヒドは濃度が高ければ独特の刺激臭があるので(気体では0.1 ppm程度でヒトが感知できる)消費者レベルでも危険なものはわかるであろう。食べても気がつかない程度のものなら気にするだけ損である。

食品添加物の使用基準違反
食品添加物は使用申請が出されてからそれを承認するという形をとっているため、国により認められているものに違いがあり、それが原因で規格基準違反となることがよくある。サイクラミン酸が日本で食品に使用できなくとも他国で使用されている。逆に日本で普通に使用されているステビオシドが中国(香港)では認可されていないため違反として回収されたことがある。こうした事例は安全性に問題があるわけではなく、その国の基準の違いによるものである。基準が国によりあまりにばらばらだと自由貿易の障害にもなり、申請や審査の負担も含めて資源の無駄でもあるためコーデックス国際規格の採用などによる統一化が検討されている。日本で基準違反と報道されてもコーデックスに規定れている基準がありその範囲内であれば安全性に問題はないと判断できる
(コーデックスのサイト: http://www.codexalimentarius.net/web/index_en.jsp)。
また使用方法が適切ではなく基準量を超えて検出されたような場合については、残留農薬の場合と同様ADIに比べてどのくらいの量なのかを判断する必要がある。


以上は実態以上に恐怖が報道されている例を挙げた。それでは全く問題がないのかというとそうではない。厚生労働省の輸入食品監視業務ホームページにある輸入食品等の食品衛生法違反事例平成19年7月分を見てみよう。
(輸入食品監視業務ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/tp0130-1.html
輸入食品等の食品衛生法違反事例 平成19年7月分
http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/1-4/0707.html
この中で注目すべきは「米国 生鮮アーモンド アフラトキシン陽性(1400ppb検出)」という項目である(もちろんこれは輸入時の検査で見つかったもので国内に販売されてはいない)。アフラトキシンは10 ppb前後が日本の規制値と考えられており(法律上は検出されてはならない、これは公定法の検出限界)、EUなどではもう少し低めの値が設定されている。アフラトキシンはヒト発がん物質の代表的なもので世界では急性毒性による死亡例も多い。遺伝子に傷をつける発がん物質については、安全であるとみなせる量はないと考えられて定量的評価はあまり積極的になされてこなかったが、近年それでは対策に優先順位がつけられないということで発がん性の強さを評価する試みがいくつかなされている。そのうちのひとつである発ガン性の強さ評価プロジェクトから、実験動物の半分にガンを誘発すると考えられる濃度(TD50)を紹介してみよう。アフラトキシンB1のTD50はラットで0.0032 mg/kg/dayとされている。比較のために、多くの国で使用禁止となっている殺虫剤DDT の値は、ラットで84.7マウスで 12.8 mg/kg/dayである。4桁の違いがある。このようにアフラトキシンの発がん性は非常に強く、天然に広く存在するため根絶は困難である。
中国産かどうかとは関係なく、カビの生えたナッツは食べないのが賢明であろう。
(発ガン性の強さ評価プロジェクト http://potency.berkeley.edu/pdfs/ChemicalTable.pdf

ちなみに現在国際機関等がヒトの発がん性に関して実際に問題となる可能性があり、対策が必要な食品中物質(アルコールは除く)と考えているものはアフラトキシンとアクリルアミドである。アフラトキシンについてはその発がん性の強さが、アクリルアミドについては摂取量の多さが問題の主要ポイントである。


なおここで取り上げたのは主に食品中化学物質の話題であるが、食の安全については微生物による食中毒がなにより重大なリスクであることを改めて強調しておきたい。


このような例を挙げてみると食の安全性に関する報道に、安全性を判断するために必要な量についての情報が決定的に欠けていることに気がつくのではないだろうか。
最低限どのような物質が、何に、どのくらいの量入っているのかという情報が提供されていなければその報道は意味がない。有害物質であると報道されても、どのくらいの量をどういうルートで摂取した場合にどういう毒性があるのかといった情報が提供されることは極めて少ない。
逆に言うと必要な情報が提供されていない報道は消費者の役に立とうとする意図はないわけで、単なる扇動(あるいは別の製品の販売促進?)であろう。


日本国内でも偽装や基準値超過などはよく起こっている。そういうニュースだけを集めれば「日本はとんでもない国だ」という印象を与えることはできる。 中国についても同じである。もちろん中国の方が広く人口も多く貧富の差も大きく問題は大きいであろう。ただ日本向けに輸出目的で大手企業などが管理して栽培している作物などについては特に大きな問題はないであろう。中国の問題は別に今に始まったことではなく、中国相手に商売をしている日本の企業にとってはリスク管理は当然のことである。中国でも日本でも、問題が多いのは大企業の製品より、素人だったり無許可営業だったりするような小規模業者のほうである。時々驚くような事件はあるが、全体的に見れば、中国も確実に平均寿命は伸びている。中国に努力は必要であろうが 国際社会も中国の食品の安全性向上にプラスになるような圧力のかけ方をしたほうが双方にとって利益となるだろう。無闇に根拠のない情報に踊らされることなく、常識的に判断して欲しいと思う。