食品安全情報blog過去記事

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ある種の芳香族アミン、有機染料及び関連する暴露の発がん性

Carcinogenicity of some aromatic amines, organic dyes, and related exposures
Lancet Oncology 2008; 9:322-323
IARCモノグラフワーキンググループ
http://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470204508700895/fulltext
2008年2月17日に7ヶ国から17人の科学者がIARCで芳香族アミンと有機染料の発がん性を再評価する会合を開いた。さらに美容師や理髪師の職業暴露やヘアダイの個人使用による暴露を評価した。この評価はIARCモノグラフ99巻として発行される。
ある種の芳香族アミンはヒトに膀胱がんを誘発することが知られており、他にいくつかの化合物が発がん性があるのではないかと疑われてきた。芳香族アミンはイヌでも膀胱がんを誘発する。ワーキンググループはヒトに発がん性のある芳香族アミンをさらにいくつか同定した。

染料や色素やゴム製品などに使用されるオルトトルイジンは、ほとんどの人の尿に検出されるがその由来は不明である。麻酔薬のピリロカインを投与された患者の尿からは代謝物のオルトトルイジンが検出される。職業暴露は主に経皮で、職業コホート研究では喫煙では説明できない膀胱がんのリスク上昇が報告されている。これらの研究のうち二つでは既知の膀胱発がん物質はごく微量しか存在せず、最も膀胱がんリスクが高かったのは暴露期間が長いサブグループにおいて認められた。さらにオルトトルイジン-ヘモグロビン付加体が、ピリロカインを投与された患者の他に、暴露された労働者で検出されている。オルトトルイジンは齧歯類では雌のラットでの膀胱がんを含む多部位でがんを誘発する。オルトトルイジンはヒト発がん物質“carcinogenic to humans”(グループ1)と分類された。

4-クロロオルトトルイジンは有機染料の合成に使用され、殺虫剤クロルジメホルムの代謝物としても知られる。ヒトでの発がん性に関する限られた根拠と動物での十分な根拠から、おそらくヒト発がん物質“probably carcinogenic to humans”(グループ2A)と再確認された。

4,4′-メチレンビス(クロロアニリン) (MOCA)はポリウレタン産業でキュアリング剤として広く使用されている。製造業者や使用業者の職業暴露は主に経皮による。MOCAはマウスとラットで多くの部位に腫瘍を誘発し、イヌでは膀胱がんを誘発し多くのin vitro試験系で遺伝毒性がある。MOCAのN酸化による生物活性化はDNAやヘモグロビンと結合する代謝物を作り出す。大量に暴露された労働者の尿路上皮細胞からDNA付加体が検出されている。さらにMOCAはリンパ球で姉妹染色分体交換を誘発し、暴露されたヒトの尿路上皮とリンパ球に小核を誘発する。全体的にMOCAの毒性学的性質はオルトトルイジンなどの単環芳香族アミンと類似する。これらの検討をもとに、MOCAをヒト発がん物質“carcinogenic to humans”(グループ1)と分類した。

ベンジジンを基本骨格とする染料は主に紙や繊維や皮革の染色に用いられる。 これら染料の製造は多くの先進国で禁止されているが、未だ他の国では製造され輸入される。ベンジジンはヒトで膀胱がんを誘発することからベンジジン骨格を持つ染料にも同様の発がんハザードがある懸念がある。実際これらの色素はベンジジンに代謝されることが知られている。これらの染料に暴露された労働者の尿から、染料に残留する微量のベンジジンでは説明できない濃度のベンジジンとベンジジン抱合体が検出されているからである。ベンジジン骨格を持つ染料を投与したアカゲザル、イヌ、ハムスター、ラットでは尿中に遊離又はアセチル化ベンジジンが検出されており、一部では投与した量とほぼ同程度である。染料のアゾ結合を開裂するアゾレダクターゼ活性がマウス・ラット・ヒトの腸管の嫌気性細菌やヒトの皮膚の細菌及びヒト肝臓で報告されている。これらのデータに基づき、ワーキンググループはベンジジンに代謝される染料についてはヒト発がん物質“carcinogenic to humans”(グループ1)と分類した。

ワーキンググループはベンジジン、4-アミノビフェニル及び2-ナフチルアミンについてはそれぞれをヒト発がん物質“carcinogenic to humans”(グループ1)でヒトに膀胱がんを誘発することが知られていると再確認した。ワーキンググループは中間体としてオルトトルイジンを使うマゼンタの製造とオーラミンの製造をヒトに発がん性があり“carcinogenic to humans”(グループ1)ヒトに膀胱がんを誘発することが知られていると再確認した。マゼンタ、工業グレードのオーラミン、Michler's塩基(オーラミン製造の中間体)、Michler'sケトン(オーラミンの加水分解産物)は全て齧歯類で多くの部位に腫瘍を誘発することからヒトに対して発がん性がある可能性がある“possibly carcinogenic to humans” (グループ2B)と分類した。

近代の染髪料は、永久染色、半永久染色、又は一時的染色に分類される。永久染色(又は酸化的)染髪料は市場の約80%を占め、無色の一次中間体(パラ置換芳香族アミン)とカップラー(メタ置換芳香族アミンなど)からなり、これらが過酸化物の存在下に化学反応して色素を生じる。濃い色の染髪料には着色成分が高濃度で含まれる傾向がある。齧歯類での発がん性試験で陽性になったため一部の着色成分は1970年代に使用中止となっている。
IARCの最後の評価以降、美容師や理髪師のがんに関する新しい疫学結果がたくさん発表された。男性美容師において小さいが一貫した膀胱がんのリスク増加が報告されている。暴露期間に関する知見が少ないため、ワーキンググループはこれらのデータの発がん性の根拠は限られたものであると考え、美容師や理容師の職業暴露はおそらくヒト発がん性がある“probably carcinogenic to humans”(グループ2A)と再確認した。

ワーキンググループはさらに先進国のデータからいくつかの部位での発がんにおける染髪料の使用についての根拠を評価した。膀胱がんについてはコホート研究と症例対照研究の結果は一貫していない。米国の症例対照研究では永久染髪料の個人使用と膀胱がんのリスクに関連がある可能性を示唆しているが、スペインの新しい研究では同じような研究デザインでこの知見が確認されなかった。血液のがんについては異なるタイプのリンパ腫や白血病で弱いリスク増加を示した研究がいくつかある。それらの研究のいくつかでは、永久染髪料の使用、1980年以前からの使用、長期間の使用、濃い色の染髪料の使用に階層化するとリスクの増加が有意になった。しかし暴露の種類や白血病又はリンパ腫の特定のサブグループとの関連パターンは一定ではない。最近のプールしたデータの解析によれば染髪料をずっと使っている女性は使っていない女性に比べて、非ホジキンリンパ腫の相対リスクが10%増加し、1980年以前に染髪料を使用し始めた女性は30%リスクが増加することが示された。非ホジキンリンパ腫のサブタイプで分類すると濾胞性{ろほうせい}リンパ腫で相対リスクは1.4、慢性リンパ球性白血病と小リンパ球性リンパ腫で1.5であった。染髪料の種類(濃い色か薄い色か、永久か半永久か)や使用期間による明確なパターンは見られなかった。
ワーキンググループは疫学的根拠は不十分であるとみなし、染髪料の個人使用は「ヒトへの発がん性については分類できない“not classifiable as to its carcinogenicity to humans”(グループ3)と結論した。