食品安全情報blog過去記事

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WHO紀要

Bulletin of the World Health Organization
Volume 94, Number 6, June 2016, 405-480
http://www.who.int/bulletin/volumes/94/6/en/

  • 非伝染性疾患による死亡の大きな原因

The big causes of death from noncommunicable disease
http://www.who.int/bulletin/volumes/94/6/16-030616/en/
Richard Peto がAndréia Azevedo Soaresに対して、何故非伝染性疾患による早期死亡を減らすための努力は主に大きな原因に集中すべきなのかについて答える
Richard Petoは1992年からオックスフォード大学の医療統計と疫学の教授で非常に影響力のある保健統計学者。
Q:学生の時、宇宙飛行士になりたかったそうですが、どうして医療統計に興味を持ったのですか?
A:たまたま。大学の時、統計が何なのかを真に知らないまま統計の分野に入った。1967年に初めて喫煙が肺がんの原因であることを示したRichard Doll (1912–2005)の面接試験を受けた。面接の終わり頃に彼は私に何故彼と一緒に統計学者として働きたいのかと尋ねた、そして私は言った「実際のところ、私は自分がそれを望んでいるのかどうかわからない、そもそも仕事が欲しいのかどうかもわからない」。私はDollの奥さんが最初のクリスマスパーティで私に「あなたは自分が働きたいのかどうかも確信できない若者だったわね。もう気持ちは固まった?」と言い、私はまだだと答えたのを覚えている。その時でもまだ私は毎日働くことがこの星でやるべき最良のことだと確信できなかった。
Q:どうして気持ちが変わった?
A:数ヶ月後、私の最初の科学的結果が出始めた。実際にそれがどれだけ重要であるかは問題ではなかった、新しい結果がでることは本当にわくわくするものだった。その時から私はどんどん働くようになった。この最初の数ヶ月、私は自宅に仕事を持ち帰ることはなかった。今や書類ケースを持たずに帰宅することはないが、多分若いときより良い人間だろう。
Q:あなたはどんな研究をしている?
A:私は多くの違う研究をしているが、二つは特にタバコについてである。Charles Fletcher (1911–1995)が1962年のRoyal College of Physiciansの報告で喫煙のハザードについて書いているがそれがそのような主要誌での最初の喫煙についての報告で、それが直接非常に影響力のある1964年の米国公衆衛生局長官の喫煙と健康についての報告書に繋がった。私はFletcherと一緒に慢性閉塞性肺疾患について研究していて、タバコを吸うヒトの一部はあまり肺傷害をおこさないが一部は長い時間をかけて徐々に肺の機能が失われていきやがて身体障害および死亡につながることを示した。しかし問題があっても健康障害がひどくなる前に喫煙を止めれば、悪化は相当遅れる。
Q:他に?
A: Richard Dollと一緒に英国医師の喫煙と死亡についての彼の研究の20年のフォローアップをした。1951年にDollが英国の全ての医師にタバコを吸うかどうか尋ね彼らをフォローして死亡率を比較した。英国の医師がDollの知見を読んだとき、彼らは喫煙が本当に重大な問題であることを認識した、それは患者を殺すだけでなく医師も殺していた。多くの英国の医師は根拠を受け容れ、禁煙を行う最初の主要団体になり、禁煙が命を救うことを示す良い自然実験となった。その後他の専門職にも禁煙が拡大し国全体に広がった。Dollと私は20年の結果を1970年代に、40年の結果を1990年代に、50年の結果を2000年代に発表した。
Q:なぜ他のがんの原因ではなく喫煙に集中するのか?
A:1970年代、非喫煙者の多くのがんは職業や環境中の汚染物質のせいで、実験室での実験や動物実験で発がん物質を発見してそれを禁止すればヒトのがん死亡率が大きく下がるのではないかと考える人たちがいた。Dollと私はそれは現実的ではなく、がんの主要原因は工業由来環境汚染物質ではないだろうと考えた。もしそうなら、動物実験に過剰に頼る戦略は、喫煙のようなごく僅かな真に重要なヒトのハザードを無視するリスクがある。我々はヒトの根拠に、大きいことがわかっているが一部の人には古いとみなされる少数のがんの原因に焦点を絞った。
Q:環境汚染物質を含む全てのものを研究していないのにどうやってがんの大きな原因がわかるのか
A:過去数十年、がんの原因とされる多くのものが発見された。これからも発見されるだろう。例えばある特定のがんはある種の慢性感染で、保存の悪い食品の特定のカビで、アリストロキア酸を含む特定のハーブで、ホルモン治療薬で、肥満や糖尿病でリスクが増える。しかしながらここ数十年、中年の非喫煙者のがんやほかの原因での死亡率は多くの国で減少している。従ってどんな新しいがんの原因があったとしてもそれがタバコほど大きいとは思えない。タバコはいまだに先進国の全てのがんによる死亡の1/4の原因である。もちろん科学者の意見が全て同じではないほうがいいが、私にとっては、1970年代から望み今でもそう思っていることは、私の仕事は多くの異なる集団にとって早期死亡の最大の原因についてであるべきだ、ということである。大きな原因は少し下げただけで、小さな原因を大きく下げるよりはるかに多くの死亡を予防することができる。喫煙は人を殺し仕事を中断させるが、いまだに数十億人が喫煙している。
Q:当時の研究はどうだった?
A:最初は私達は中規模の研究しかできなかったが今は多くの国で、喫煙だけでなくアルコールや肥満、糖尿病、高血圧、高血中脂質などのがんより血管系疾患に主な影響がある主要慢性疾患原因の大規模研究ができるようになった。そのような古いリスク要因の研究は新しいことを発見できないだろうと考える人もいるが、いつだって新たに学ぶ発見がある−喫煙は英国で、アルコールはロシアで、肥満と糖尿病はメキシコで多かったが、現在禁煙のメリットはこれまでの研究が示唆してきたよりさらに大きい。
Q:あなたは中国で疫学研究をしていますね。どうして中国のタバコの流行に興味を持ったのですか?
A:統計学者として、私は世界の99%は英国人ではないことを知っているので、人口の多い国での早期死亡の原因について知りたかった。私は幸運にも1980年代から中国の科学者と一緒に働く機会があってずっと共同研究してきた。私は伝染性疾患が多いだろうと予想していたがもはやそうではないことが確認された。そして男性の喫煙率が大幅に増加していること、それが数十年後の主要死因になるだろうことを示した。1980年代はまだタバコの流行の初期段階で、そのことを重視している人は少なかった。私は監視強化を提案した。
Q:中国でのタバコの販売にあなたの研究の影響はありましたか?
A:それを言うのは難しい。我々は全国研究を1980年代、1990年代、2000年代と続けて発表し如何にタバコの流行による死亡が増加しているかを示してきた。1990年代には中国人成人男性の総死亡の約10%が喫煙が原因だったが2010年には20%になり2030年までには30%になるだろう。2015年にはLancetに最初の信頼できる報告をしたが、その影響はわからない。しかし少なくともここ数十年の中国のタバコの流行は文書に記録されていて、今後も記録されるだろう
Q:あなたの仕事は非伝染性疾患の治療とはどう関連する?
A:予防接種、衛生、治療が世界の伝染性疾患による死亡率を変えた。そして治療は、少なくとも良い医療制度のある国では、非伝染性疾患と傷害による死亡率を相当減らした。私の仕事の半分は血管系疾患と乳がんの各種治療法の大規模国際試験と試験のメタ解析である。
Q:科学者は健康リスクについて一般聴衆にどうやって上手に伝えられる?
A:大きなリスクがどれくらい大きいかを強調しようとする人もいるがそうしない人もいる。もし一般向けに何百もの発がん物質の可能性あのある物質のリストを渡したら、それにより喫煙のような大多数の早期死亡の原因となるものから注意を逸らすことになるだろう。例えばEUでは、70才前に毎年130万人が死亡している。そのうち100万人以上が非伝染性疾患で30万人はタバコが原因である。早期死亡の主要原因は喫煙、血圧、血中脂質、糖尿病、慢性感染で、これらをぼやけさせるべきではない。
Q:何がこれらの大きなリスクを曖昧にしてしまうのか?
A:たくさんの小さな、不確実なリスクである。例えば昨年IARCが赤肉を「おそらく発がん性」と報告した。彼らは赤肉は確実に発がん性だとは言っていない、可能性があるといっているだけで、不確実性の下限ではそれによるがんはゼロである。しかしながら広くメディアで報道され、多分人々の、タバコを含むがんハザードに関するニュースへの疑いを増やした。タバコにのみ一点集中せよと言っているわけではないが、しっかりとした根拠のある大きな原因以外のことにあまりにも注意を逸らすべきではない
Q:疫学研究者は彼らの知見に基づいて人々の行動を変えるための政策を作るべき?
A:必ずしもそうではない。科学的知見が信頼されるためには、結果を出す人とそれを使う人が政治的プロセスで近づきすぎないほうがいい。信頼できる根拠を作ることとそれに基づいて行動することの両方が必要だが、別々の人が行うべきである。喫煙についてもそうである。例えばたばこの値段と喫煙者の数とタバコからの税収にはいろいろな組み合わせがある。科学的根拠はあるが、どうするかを決めるのは政府と社会である。
(尊敬すべきRichard Peto教授、まだばりばりの現役)