食品安全情報blog過去記事

はてなダイアリーにあった食品安全情報blogを移行したものです

ベンゼンの発がん性評価についてのIARCモノグラフ

IARC Monographs evaluation of the carcinogenicity of benzene
Lancet Oncology, Published online 27 October 2017
http://dx.doi.org/10.1016/S1470-2045(17)30832-X
2017年10月、13の国から17人の科学者が、フランスのリヨンにある国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer: IARC)に集まり、ベンゼンの発がん性についての評価をまとめた。ここで行われた評価の内容は、IARCモノグラフのVol. 120に公表される予定である。
ベンゼンは芳香族炭化水素の1種であり、人間の活動に基づく発生源、特に燃焼により生じ、大気汚染物質として至る所に存在する。ベンゼンは、ガソリン、自動車の排気ガス、産業排出ガスおよびタバコの煙の成分であり、工業用溶媒として、また消費者製品においても歴史的に使用されてきた。ベンゼンを溶媒として使用することは、現在では多くの国で制限されている。しかし今なお、主に化学中間体として使用するために大量に生産されている。ベンゼンへの職業暴露は、石油業、化学製品産業、製造業といった、様々な産業で生じる可能性がある。国によっては、製靴業、塗装業、印刷業、ゴム製造業といった歴史的に高濃度暴露が生じていた産業で、今なお職業暴露が生じている。一般の人々も、汚染された空気や水、およびベンゼンを含む製品の使用を介してベンゼンに暴露される可能性がある。職場環境や外気におけるベンゼンの濃度は、時代と共に減少してきており、当作業部会は、高所得の国では、職場環境における濃度は3.00 mg/m3未満、外気では0.005 mg/m3未満になっているという認識を持っている。しかし、低所得および中所得の国の中には、高い値が報告されているところもある。ベンゼンは、白血病を起こすという十分な証拠に基づいて、1979年以降、ヒトに対して発がん性がある物質(IARCグループ1)に分類されている。このような発がん性は、2009年に、急性骨髄性白血病および急性非リンパ腫について、明確に再確認されており、急性リンパ性白血病、慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫、非ホジキンリンパ腫との正の相関も、同じ時期に確認されている。今回の評価は、新規の疫学的証拠および作用機序に関する証拠をレビューし、発がんリスクとの量的関係、および発がん機序に関連する生物学的エンドポイントとの量的関係を明らかにする可能性を探るために実施された。
この当作業部会では、ヒトにおける十分な証拠、実験動物における十分な証拠、および作用機序に関する確固とした証拠に基づき、ベンゼンの発がん性を確認した。当作業部会が行ったレビューでは、職業および環境中での暴露状況が具体的に確定できた疫学調査に焦点が当てられた。新規の重要な証拠は、いくつかの大規模な職業コホート調査から得られている。成人では、ベンゼン急性骨髄性白血病などの非リンパ性白血病を引き起こす。以前の調査では、慢性リンパ性白血病、多発性骨髄腫および非ホジキンリンパ腫の証拠は少なかったが、それらについても確認された。新規のデータは、最近行われたいくつかの調査からも得られており、それらでは子供における急性骨髄性白血病ベンゼンへの環境暴露との間に正の相関が示されている。このような正の相関は、ベンゼンへの暴露と慢性骨髄性白血病や肺がんとの間でも、いくつかの調査において認められている。当作業部会のごく一部の少数は、発がん性の証拠は、肺がんについては不十分であるが非ホジキンリンパ腫については十分であると結論付けている。
雄マウスおよび雌マウスでは、いくつかの全身吸入試験において、造血組織およびリンパ組織の腫瘍、ジンバル腺がん、包皮腺の扁平上皮がん、前胃の扁平上皮がん、および肺腺腫が誘発されたことが報告されている。雌雄のマウスを用いた4件の(強制)経口投与試験および2件の腹腔投与試験のデータも得られている。それらの経口投与試験では、造血組織およびリンパ組織の腫瘍、肺胞および気管支腺腫およびがん、肝細胞腺腫およびがん、ジンバル腺の扁平上皮がん、ハーダー腺腺腫およびがん、包皮腺がん、卵巣腫瘍、雌における乳腺悪性腫瘍、前胃の扁平上皮腫瘍、および副腎の褐色細胞腫の誘発が報告されている。腹腔内投与試験のうち1件では、腹腔内投与を受けた雌親の仔動物において、肝臓、造血組織およびリンパ組織に腫瘍発生が認められた。
雌雄のラットを用いて強制経口投与で行われた4件の試験、および妊娠雌ラットおよびそれらから生まれた雌雄の仔動物について行われた1件の全身吸入試験が公表されている。強制経口投与試験および吸入暴露後の仔動物において、ベンゼンにより、造血組織およびリンパ組織の腫瘍、ジンバル腺がん、口腔扁平上皮がん、前胃の上皮内がんが引き起こされた。吸入試験では、仔動物において肝細胞癌も引き起こされ、強制経口投与試験では、皮膚がんおよび子宮内膜間質ポリープも生じている。
別々の遺伝的背景を有し、遺伝子修飾が施された3種類のマウスを用いたいくつかの試験では、ベンゼンの経口投与、全身吸入暴露ならびに経皮適用により、造血組織およびリンパ組織の腫瘍が誘発された。加えて、1件の経口投与試験では皮下組織の肉腫が、2件の経皮適用試験では、皮膚の乳糖種が引き起こされた。
ベンゼンは、容易に吸収され、広範に分布し、ほとんどが代謝を受ける。骨髄などの様々な組織において、複数の代謝経路を経て、様々な反応性の求電子体を生成する。ベンゼンは、発がん物質としての多くの重要な特徴を示す。特に、ベンゼン代謝的に活性化され、酸化的ストレスを誘発し、遺伝毒性を持ち、免疫抑制性を有し、血液毒性を生じることが、暴露を受けたヒトなどにおいて、確固とした証拠で示されている。さらに、ベンゼンがゲノムの不安定化を引き起こしてトポイソメラーゼIIを抑制し、芳香族炭化水素受容体が関連する受容体介在性作用を変調させ、アポトーシスを誘発することも、試験に基づく確固たる証拠で示されている。
ベンゼンに暴露された人では、エポキシド-タンパク質付加体やユビキノン-タンパク質付加体が血中で生成される。また、暴露されたヒト、ヒトの細胞およびマウス骨髄では、酸化的ストレスが誘発される。職業暴露を受けたヒトについての調査では、ベンゼンがDNAの酸化的損傷、DNA鎖切断、遺伝子突然変異、染色体異常、および小核形成を引き起こすことが示されている。暴露を受けたヒトでは、細胞遺伝学的変化、すなわち、異数性、転座、および他の様々な染色体構造変化などが誘発される。実験動物をin vivoベンゼンに暴露した場合、骨髄においてDNA付加体形成、染色体異常、および小核形成が誘発される。同様に、ヒトの細胞をin vitroでベンゼンやその代謝産物に暴露した場合、DNA付加体形成、DNA損傷、および染色体異常が誘発される。暴露されたヒトに関する多くの調査では、低用量暴露における白血球数の減少血液毒性から高用量暴露における再生不良性貧血や汎血球減少症に至るまでの血液毒性が示されている。ベンゼンによって誘発される血液毒性は、悪性血液疾患や他の関連疾患を将来的に発生するリスクと結びついている。ヒトにおけるベンゼン暴露の調査には、直接的に免疫機能の変化を検討したものは見当たらないが、実験動物を用いた複数の試験では、血液毒性が示されると同時に、一貫した免疫抑制影響が、液性免疫機能アッセイおよび細胞介在性免疫機能アッセイにより確かめられている。
当作業部会では、適切なデータを備えた6件の公表済みの職業コホート調査を用いてメタ回帰分析を行い、急性骨髄性白血病に関する暴露-反応関数の形状と傾きを検討した。ベンゼン暴露と相対リスクの対数とは、線形モデルで良好に描写することができた。その傾きは、最も高用量で暴露されたと推察される塩酸塩ゴム作業員についてのコホート調査をその線形モデルに含ませるかどうかによって、中程度の影響を受けた。ヒトにおける調査の中で、ベンゼンと、発がん性物質としての重要な特徴に関連するエンドポイント(小核形成、染色体異常、および白血球数)との暴露-反応関係情報を報告している調査の大多数は、暴露-反応曲線の傾きも報告している。