食品安全情報blog過去記事

はてなダイアリーにあった食品安全情報blogを移行したものです

健康上の不安を冷まそう (ワシントンタイムスから)

Cool Off on Health Scares (from the Washington Times)
By Glenn Swogger
Monday, July 7, 2008
http://www.acsh.org/healthissues/newsID.1709/healthissue_detail.asp
プラスチックに含まれる化学物質−ビスフェノールAとフタル酸−に関する不安は、より深い問題についての最近の顕現にすぎない。しかしその問題は「我々の環境が有害物質だらけ」でもなく「産業文明の弊害」でもない。問題なのは蔓延する不安と、常識や懐疑主義を投げ捨てて何らかの意味で危険なものを探して自己増殖する不安である。
アメリカ人は健康や環境やライフスタイルに関するたくさんの警告と安心、ストップサインとゴーサイン、に囲まれている。このような不安で矛盾する情報の氾濫は不安な空気を作り出し、そのなかで人々は拒否したり信頼できる情報を求めたり危険や不確実を追放しようと熱心に活動したりする。
私は世の中に広がっている不安に寄与する要因を5つ挙げよう。

1私たちは急速に変化する社会と世界経済の中で生きている。グローバリゼーション、経済的混乱、職業の不安定さ、新しいテクノロジーテロリズム、伝統的価値や信仰への異議申し立てなどが我々にニュースを脅威に感じさせる。 変化や情報過剰へのストレスが一部の人を非合理的で非生産的な考え方に導く。速断と悪役捜しと万能薬への希求が我々の理性的で実践的な選択を妨げる。
2我々の社会は現実に環境や健康の問題に直面し解決しなければならない。しかし我々は現実の危険と想像上の危険を区別しなければならない。
3現実の危険を同定しようとすると、環境や健康問題についての科学的研究の複雑さが大きな障害になる。我々は専門家ではないことは自覚しているが、どの情報が信頼できるのかわからない。
4メディアは多様な情報を提供しているがバイアスや曲解を含む。悪い知らせがビッグニュースである。良い知らせは軽んじられる。このため想定される脅威についてバランスのとれた見解は困難になる。
5 過負荷と不確実性の感情的帰結として、つけ込まれやすくなる。混乱し恐怖に怯える人々は簡単に詐欺や活動家の餌食となる。


恐怖には代償を伴う。恐怖は我々の判断能力や代替法検討の余地を麻痺させ負の影響を広げる。例えば病気や障害のコストを正確に測ることができない人は、ワクチンの現実的でない恐怖に怯えて子どものワクチン接種を拒否する。
そして恐怖はしばしば浅慮な政策を要求する。「安全側に立って」と叫ぶ声が価値ある新しい技術を拒否したり我々に大変な出費を要求したりする。
もう一つの良くみられる恐怖の副作用は、問題を議論することを難しくするもので反対する人は敵と見なすことである。
科学的論議においては見解の不一致は避けられない。もし反対する人は自動的に悪い人とみなすのであれば真実にに近づくことは不可能に近い。
上述のプラスチック中の化学物質については、恐れる必要はないという科学的根拠への反応は「どうして信用できる?」「もし検出できないリスクがあったらどうだろう?」「企業が事実を隠しているのでは?」「子どものことを考えていないのでは?」というものであろう。これらは自然な疑問である。しかしどんな議論についてもあてはまる類の反応である。このような空気の中では我々の寿命が過去100年間に増加し続け、がんや環境由来疾患が減少してきたことを忘れるのは簡単である。
科学や技術は我々の世界をより安全に、より制御可能に、より予測しやすくするのに貢献している。このことを我々の不安な精神に染みこませるべきである。