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ヨーロッパの農薬規制は抵抗性を増やすだろう、と研究者は警告する

Science 23 January 2009:Vol. 323. no. 5913, p. 450
News of the Week
AGRICULTURE:European Pesticide Rules Promote Resistance, Researchers Warn
Sara Coelho
農業団体や研究者からの強い反対にもかかわらず、欧州議会は先週、ヨーロッパ市場で販売されている農薬の最大1/4を最終的に禁止する新しい規制を承認した。この規制は、ある物質がヒトや環境に安全であることが証明されるまでは有害である可能性があると見なすべきといういわゆる「予防原則」により触発された新しい認可方法を義務づけるものである。
農薬が直ちに禁止されると農家は作物の収量が著しく減るだろうと警告された:「EUの農薬禁止はニンジンを消し去るだろう」と英国の新聞は報道した。そのような差し迫った予想の保証はないが、一部の農業分野の科学者は別の理由で規制に反対している。つまり利用できる農薬が減るということは植物の病原体や害虫の、残された薬剤への耐性獲得を促進するだろう。さらに有害性の評価基準の科学的根拠にも疑問がある。
「我々の所有している農薬の品揃えは、既に耐性により危うい」と英国農業研究所Rothamsted Research のJohn Lucasは言う。彼らは農薬への耐性が病院での多剤耐性病原菌による混乱と同様の問題となることを恐れている。
何年もの間、農業分野の科学者は昆虫や植物病原体と、新しい物質の開発と耐性獲得といういたちごっこを続けてきた。新しい農薬の開発には10年以上の年月がかかるため、既存の農薬の期限が切れて更新されなければ間に合わないことを心配している。特に心配なのは真菌Mycosphaerella graminicolaによるseptoria葉枯病などの管理に使われる化合物群、アゾールを失うことである。
北西ヨーロッパの小麦の最も重要な病気であるseptoriaはもともと何種類かの抗真菌剤により管理されてきた。しかし1980年代からはMycosphaerella graminicolaが二つのクラスの農薬への耐性を獲得し最後に残されたのはアゾール類だけである。
1月13日に欧州議会で承認された規則は、PSDの評価では現行使用中の農薬の85%を禁止するだろうとされた当初の提案よりは控えめである。しかし承認された規制でも14-23%の農薬が禁止されるだろうとPSDは推測している。
欧州議会によれば新しい規制は徐々に適用されるので市販製品が突然大量に無くなることはなく、農家が代用品や代替法を捜したり農薬企業が代用品を発明したりする時間はあるだろうという。さらに有害とみなされても重大な危害を制御するために必要であれば5年間の例外的許可もある。
しかしLucasは懐疑的である。農薬代用品の開発にも研究期間が必要である。病気はいつも同じではない。病原菌耐性品種の開発にも少なくとも10年はかかる。
この農薬規制は多くが予防原則を根拠にしている。Lucasは最大の問題はハザード評価であり、科学者として科学的根拠の積み上げによらずにものごとが進むことについて極めて重大な懸念を持っている。Imperial College Londonの薬物や環境化学物質の毒性メカニズムを研究しているAlan Boobisも同意する。この対応は政治的なもので科学的ではないと感じている。農薬は市販されている製品の中でも最も良く評価されているものの一つである。
先月Lucasは71人のヨーロッパの科学者がサインした請願書を欧州議会に提出した。
新しい規制を支持しているSoil Associationの活動家Emma Hockridgeも農薬の選択肢を狭めることはある種の害虫の抵抗性を増加させるだろうことを認識している。しかし作物の管理に農薬を使うことが長期的には持続不可能なのでナチュラルな管理法がいいのだと主張している。
米国の研究者であるMark Whalonはこの問題はヨーロッパだけの問題ではないとしている。このグローバリゼーションの時代、ヨーロッパで望ましくない耐性害虫が生まれれば、やがて米国にも入ってくるだろう。Whalonは有機農業の実践者であり環境保護への要請は理解している。しかし同時に耐性問題は重要だと考えている。彼は、ヒト健康への懸念から農薬を禁止すると、生態系や作物にとってはより危険性が増すこともあると指摘する。ヒトにとって安全性が高いということは必ずしも環境にとって安全であることを意味するわけではない。